好き
 
  ・・・・・・けど 言えない ・・・・・・・田中麗奈 主演 ・ 話題にインターネット映画 『 好き 』 小説版 新世紀恋愛小説の旗手 ・ 狗飼恭子が贈る、4つの切ない『好き』の形  
著者
狗飼恭子
出版社
幻冬舎
定価
本体価格 1300円+税
第一刷発行
2001/3/10
ISBN4−344−00058−7

狗飼恭子 < Kyoko lnukai >

1974年埼玉県生まれ。92年に第1回TOKYOFM「LOVESTATION」ショート・ストーリー・グランプリにて佳作受賞。以後、高校に通いながら雑誌等に作品を発表。95年に小説第1作『冷蔵庫を壊す』を発表。他の著書に『おしまいの時間』『南国再見』『彼の温度』『あいたい気持ち』『一緒にいたい人』『愛のようなもの』『雪を待つ八月』『深い深い夢の中』『恋の罪』『忘れないからね』(全て幻冬舎文庫)がある。

 

はじめに


田中麗奈


この本は、私が主演したインターネット映画「好き」の小説版です。でも普通のノベライゼーションとは少し違いがあります。同時期に進められた脚本と相互にリンクしていて、狗飼さんがお書きになった登場人物の性格や台詞が、完成した映像作品にも大きな影響を与えているのです。

インターネット映画「好き」は、一話三十分の三部作で、昭和三十年代にラーメン屋さんで働いている女の子を主人公にした「チャーシュー麺」と、昭和五十年代に海沿いの町で小学校の先生をしている女の子を主人公にした「波」、そして専門学校に通う現代の学生が主人公の「テンカウント」の三つのお話で構成されています。

この本にはさらに『好き』という書き下ろし小説も収録されています。時代も登場人物も全く違うけれど、どれも好きな人に「好き」と打ち明けられない女の子のお話です。自分とはちょっと違う空気を持っている男の人に出会い、反発したり衝突しながらも、だんだん自分の「好き」という気持ちに気付いていく。そして「好き」という気持ちを伝えたい、でも伝えられない、と悩む。その過程と主人公の心の動きに注目してください。

狗飼さんの小説には、この人のことを好きだと確信する前の、自分は本当に好きなのだろうか、これはもしかしたら錯覚なんじゃないかと、ゆれ動く女心がとってもリアルに書かれています。あ、これ私のことかもと共感する人も多いはずです。

また、その人に出会う前の自分より、好きになったあとの自分の方が、少しだけ成長している様子も、読んだ人の気持ちを温かく、軽くしてくれます。この本の終わりには、私と狗飼さんが、この作品やお互いの仕事についてじっくりとお話しした対談も収録しています。

小説家である狗飼さんと、女優である私の思わぬ共通点なんかも見つかって、とても新鮮で楽しいお話ができたと思っています。狗飼さんにお会いした時の印象は、とにかく可愛い!ということでした。
私はその時すでに狗飼さんの小説を読んでいたので、こんな可愛い人が、女の子の嫉妬心や意地悪な気持ちをあんなに正直に書いてるなんて信じられない、とビックリしてしまいました。
「好き」という言葉は一つしかないけれど、「好き」という気持ちには、ルールもなければ、マニュアルもない。「好き」の形は人の数だけあるのです。この本にはいくつもある「好き」の中の四つが収められています。
各話の主人公と自分を比較したり、重ねたりしながら、一緒にドキドキしたり、悩んだりして欲しいです。読み終わった時には、あなたの「好き」を今よりももっと大切に思えているはずです。

 

第一話

叉焼麺

太陽が傾きはじめる。

町が赤く染まっていく。

夕方になっても、空気はまだねっとりと暑い。遠く港から届く汽笛の音を聞きながら、白い割烹着の袖で額の汗をふく。

割烹着はラーメンの汁やなんかで汚れていたので、もしかしたらあたしの顔は余計に汚くなったかもしれない。野菜屑の入ったバケツを両手で持ち上げる。

なんでこんなに重いんだろう。毎日毎日、生きてるだけでこんなに捨てなければいけないものがあるのだ。

もっともここはラーメン屋だから、ゴミが多いのは当たり前なのかもしれない。いつもどおりお店の裏口へ行き、いつもどおり木製の大きなゴミ箱の蓋を開ける。いつもどおり野菜屑を放り込もうとして、そこに、いつもと違ったものを見つけて、あたしは一瞬体を凍らせる。中には、男がいた。

彼はあたしの目をまっすぐに見上げながら、人差し指を唇に当てた。あたしは驚きのあまり声も出せず、ただ彼の細い指を見ていた。つやつやの手。いつも見てるお店のおじさんやお客さんの手とは違う、若い人の手だった。

毎日皿洗いをしているあたしの手よか、よほど綺麗かもしれない。いったい、こんなとこで何をしているんだろう。声をかけようとして、彼の肩に滲む赤いものに気づく。血?「おい、姉ちゃん!」

背中から声をかけられて、あたしはびくっとして振り返る。そこには派手な柄のシャツを着た、見るからにチンピラ風の男が二人いた。薄い色のサングラス越しに見える、細いつりあがった目。

表情を変えぬまま、じろりとあたしを見る。「男が通っていかなかったか?白いシャツの、腕から血を流した」あたしは思わずゴミ箱の中を覗き込む。

白いシャツ。そして、そのシャツの腕に染み込んだ黒っぽい赤。彼は指を唇に当てたまま、あたしの目を見上げている。子供みたいな目。

その目は、まるで震えているように見えた。

瞬間、あたしは咄嵯にバケツの中の生ゴミを彼のいるゴミ箱の中にぶちまけた。そしてまったく違う方向を指差す。

「向こうに走っていった」

もしかしたら嘘をつく罪悪感から、声がうわずってしまったかもしれない。

 

 

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