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王子の枢には青い矢車菊が飾られた。
サファイア、コバルト、藍、青玻璃、ラピスラズリ、ターコイズ、アズライト……。
ありとあらゆる碧の琉璃に埋もれた少年は、胸の上で交叉した腕に聖なる黄金の蛇を抱き、千年の後に目醒めるはずの眠りについた。
青眼の蛇に神が宿るとき、少年も甦る。
死者の書にはそう記してあった。
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突然の騒雨がおさまり、紅く暮れなずむ天が泥土の谷間にひろがった。
黄褐色の岩と土からなる谷は、すでに燥ぎつつある。
斜面のくぼみに身を寄せて雨をしのいだぼくは、衰えた跌でひと筋の水の流れをたどった。
雨によって沁みだした水は、方向を失いかけたぼくの道標となった。
乾燥地帯では、雨水の流れつく先にきまって集落がある。
水と食べ物を乞うことができるかもしれない。
旅立ちの前、三日分の水と食糧しかあたえられず、二日前にそれを失った。
出立して十日目のことだ。
兄王の下命を受けてのこの旅を、なんとしても成し遂げたい。
身におよんだ嫌疑を晴らすには、これしか方法がない。
残してきた妻のことも気がかりだ。
父王の亡きあと、近隣諸国との同盟関係が破局した。
隣国の王である義父と兄はことに険悪だづた。
父王が急死したさい、ぼくも兄もまだ幼かづた。
国内に古くからあるふたつの勢力が、兄とぼくをそれぞれ利用した。
ふたりとも幼い身で政略による婚姻を強いられ、兄は十五歳で、ぼくはわずか十歳で妻を持った。
幸いにも、ぼくと妻は同い年で、幼いころからの遊び友だちでもあった。
周囲の思惑にもかかわらず、しばらくは平穏な日々を過,こした。
もとよりぼくは兄を脅かすつもりなどない。
王位を希んでもいない。
これはそれを証すための旅だ。
どこからともなく匂うオレンジの甘く切ない薫りが疲れきったぼくの躰へ沁みこんでくる。
妻と遊び戯れた庭の匂いだ。
践の水の流れは確実に太くなり、たどって歩くぼくをひとつの城郭へ導いた。
黄褐色の壁面に残照が映える要塞だ。
燈が入ったばかりのランタンが眩しい。
門は開放されている。
洩れてくる市場のにぎわいにつられて中へ入った。
細くうねった石畳の両側に露店がひしめき、革袋をかついだ水売りや行商人が交叉する。
ぼくはまもなく方角を見失った。
耳慣れないことばのざわめきが洪水のように押し寄せる。
商人の売り声が翻する路地を歩くうち、ひとりの少年と出逢った。
「……旅人よ、タリスマンをお持ちになりませんか。この品々には、父なる神の精霊が宿っております。」
彼は道行く人を呼びとめ、わずかな銀細工を売っていた。どれも、沙漠の民人が神の使者とみなす蛇を象ってあった。
貨幣の所持を許されずに旅立ったぼくは、ただ眺めるほかはない。
空腹を癒すわずかなパンと水を得ることすらできず、共同水道の水を呑んでしのいだ。
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