まえがき
『台湾論』を描く意味
多くの日本人にとって台湾と香港と上海は同じイメージである。
日本の歌やドラマや漫画などのサブカルチャーは台湾でも香港でも上海でも同じように若者に人気があり、日本人にとってアジアの人々の間に垣根はなく、容易にわかり合える、「アジアは一つ」という錯覚さえ起こしかねない。
台湾が中国との間に抱えている深刻な問題について、日本人は何も知らないまま観光に行き、ショッピングを楽しんで帰ってくる。
昔、われわれ日本人は「中華民国」という名を習ったが、いまその国名を聞くことはない。
いま、観光ガイドに載っているのはもっぱら「台湾」である。
いまの日本人は、「台湾」と「中華民国」の違い、差に関してまったくわからないだろう。
台湾とは何なのか、中国との間にどんな問題を抱えているのか、日本との間にどんな因縁があるのか、まずそこから日本の若者に語らねばならない。
そしてそのことは台湾の若者でさえ、一九九二年まで国民党独裁の戒厳令下で歪められた歴史教育を受けたために、真実を知らないままになっていたのだ。
そう、台湾人が台湾のことを知らないのである。
戦後、日本統治が終わり、日本人が引き揚げて以降、長い間、台湾人は国民党教育によって中国人として教育されてきた。
学校では日本語はおろか、台湾語まで使用を禁じられ、北京語を使わされてきたため、いまや若者の公用語は北京語が普通となっている。
反日を刷り込まれた若い世代と、日本人として育った日本統治時代の父や祖父の世代の間には悲しい歴史の断絶ができてしまった。
チベット人が、中国の同化政策によっていなくなってしまう道をたどっているのと同じように、台湾人もこのまま静かにいなくなづてしまうのかもしれなかった。
しかし奇跡が起こった。
李登輝の登場だ。
李登輝総統の登場によって、台湾の存在は日本でも、いや世界で急に注目されるようになってきた。
二〇〇〇年の総統選挙で、ついに民進党の陳水扁が総統の座に就いたことによって、台湾は、たとえ国際的な承認を得ていようがなかろうが、一つの民主主義の「国」であることを世界にアピールすることになり、ますます中国との差を日本人も意識せざるを得ない状況まで来てしまったわけだ。
われわれ日本人はそろそろ知らねばならない。
台湾とは何なのかを。
そして台湾の若者も知らねばならない。
台湾人とは何なのかを。
そう思って『台湾論』を日本で二〇〇〇年に、台湾で二〇〇一年二月に出版した。
日本では知的関心の高い若者に順調に売れていったが、台湾では国中を揺るがす恐るべき騒動に発展し、ついに三月二日、小林よしのりは台湾への「人境禁止」となり、ブラックリストに載せられた。
この本は、台湾のブラックリストに載った二人の危険人物、そして日本でも台湾でもその名を轟かせるお騒がせ人物となった二人のゴーマニスト、金美齢と小林よしのりの、台湾と日本への愛国の心情をぶつけ合った対談の一部始終である。
二〇〇一年五月七日
小林よしのり
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