最後の家族
|
||||||
著者
|
村上龍 | |||||
出版社
|
幻冬舎 | |||||
定価
|
本体価格 1500円+税 | |||||
第一刷発行
|
2001/10/10 | |||||
ISBN4−344−00121−4 |
序章 直径10センチの希望 内山秀樹は、自室の窓を被う黒い紙に直径十センチほどの丸い穴を開けた。 引きこもりを始めてから一年半が経とうとしている。 光が部屋の中に差し込むのが我慢ならなかった。 外の音も聞きたくなかった。 窓に黒いケント紙を貼っても、そういう現実を完全に遮断できるわけではない。 そういったごく当たり前の生活を送る人間たちの声を聞きたくなかった。 自分二人ではないと思って秀樹は少し安心できる。 ある人は、映画とかテレビではアニメしか見ることができないし、雑誌でも漫画しか読めなくなったと書いていた。 まだ二十一歳だし、インターネットの引きこもりのぺ一ジに登場する三十歳とか四十歳の引きこもりに対しては、優越感のようなものを感じることがある。 引きこもって半年くらいは、親と口論したり、アルバイト情報のサイトにアクセ スしたり、古い知り合いにメールを出したりして、それなりに時間が過ぎていくのを感じることができた。安定剤を飲み始めたころから、からだがだるくなり、頭がぼーっとして、時間の経過が不確かになってきた。薬のせいなのか、昼夜逆転の生活のためか、からだの反応が鈍くなって、その後の一年は、夢の中にいるような感じのままあっという間に過ぎてしまった。 夕方に目を覚ますと、秀樹はまずパソコンを立ち上げて、ネットにつなぎ、メールをチェツクする。届いているのはいくつかのメールマガジンだけだ。誰からもメールなんか来るわけがない。母親経由で、精神科医に言われた。何でもいいから自分で小さな目標を作って、それを達成したら自分をほめるようにしなさい。 メール友だちを作る。 いろいろ目標を立ててみたが、何一つ実行できていない。 あきらめてはいけない。 そういうことだ。 そんなことはもうどうでもいいから楽になりたいと思うと、からだと脳が溶けていくような、気味の悪い、それでいて気持ちがいい、変な気分になった。 二時間かけて、カッターナイフで穴を開けた。十センチの穴から、カーテンを通して、日差しが部屋に入ってきた。 |
|||
|
このページの画像、本文からの引用は出版社、または、著者のご了解を得ています。 Copyright (C) 2001 books ruhe. All rights reserved. 無断でコピー、転写、リンク等、一切をお断りします。 |