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著者
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高橋文樹 | |||||
出版社
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幻冬舎 | |||||
定価
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本体価格 1200円+税 | |||||
第一刷発行
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2001/10/10 | |||||
ISBN4−344−00119−2 |
社会とは一部の秀才が車掌を、一部の天才と狂人が運転手を務めて運行されている巨大な列車である。 自分がいなくても社会はこれまでどおりに動いて行くだろうというひがみにも似た感覚、それはぼく達普通の人間が持つものだ。 「人生は諦める事が肝心だ。良い意味でも悪い意味でもな。あーあれだ、いつまでもプロ野球選手を目指していたってしょうがないだろ?才能があれば別だけどな。自分のできない事はさっさと見限って、自分のできる事をきちんと見つけるんだ。それが肯定的な諦めとでも言うのかなあ。諦観の念ってやつだよ」 これはぼくが大学に合格した夜、珍しく酒に酔った父さんが上機嫌でぼくに語った最後の人生訓だった。 そういった抽象的記述はさておき、ぼくらを取り巻く環境が一変したのが大きかった。 学生であるぼくが家を出る時間は近所の主婦達が井戸端会議を開始する時間と丁度一致していたために、毎朝したくもない挨拶を交わすはめになったが、彼女達が挨拶の時に見せる好奇の視線を見逃す事はなかった。 形だけの会釈をして自転車でその場を後にすると、話の続きを聞いていなくても大体の話題は想像できた。父親を亡くして収入を失ったぼくらがどうやって生きていくのか、あそこの家の娘は家事をきちんとできるのか。 事実両親が亡くなってから三日ほど経つと、母さんが生前親しくしていた向かいの家の中年夫婦が我が家を訪ねてきて、先ほど挙げた懸案事項について玄関先でくどくどと話した。 夫の方は白髪混じりのバーコード頭を何度も丁寧に撫で付けながら涙目になって妻の話にうなずいていた。 多くの人がぼくらの経済状態を心配していたが、金銭的な苦労はまったく無かった。 |
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