リカ
著者
五十嵐貴久
出版社
幻冬舎
定価
本体価格1500 円+税
第一刷発行
2002/02/10
ISBN4−344−00150−8
ホラーサスペンス大賞 大賞受賞作 『怪物と化したヒロインの迫力。物語を畳みこむ筆力。戦慄した』 大沢在昌

本間隆雄は妻子を愛する、42歳のごく平凡なサラリーマン。軽い気持ちで始めたインターネットの「出会いサイト」でのナンパで、ある日「リカ」と名乗る女性と知り合う。当初はリカからのメールを楽しみにしていたが、徐々に常軌を逸していくリカの言動に脅えた本間は、携帯の番号を変え、連絡を断った。ほとぼりも冷めた頃、インターネットカフェを訪れた本間は、リカがネットを通じて異常な執念で彼を捜していることを知る。そしてリカの恐るべきストーキングが始まり、ついには娘にまで手を出した。意を決した本間は、“怪物”と化したリカと対決するが…。恐ろしすぎる心の闇。衝撃のノンストップホラー!第2回ホラーサスペンス大賞大賞受賞作。

 

 

Click 1  出会い

秋が終わろうとしていた。
十月の半ばだというのに、妙に肌寒い日だった。
私はジャケットのポケットに手を入れたまま、通りの様子を眺めた。
表参道の交差点はいつものように人で溢れている。
急ぎ足に歩く人たちの足元で、黄色くなった枯葉が風に吹かれて舞っていた。
その光景を横目で見ながら、私は正面の信号を渡った。すぐ目の前に、レンタルビデオのショップが入っている七階建てのビルがあった。
エレベーターに乗り込み、三階のボタンを押す。
旧式のエレベーターがきしむような音をたてて動き始めた。
ゆっくりとドアが開く。
インターネットカフェ“アルファ”の入口がそこにあった。
重い鉄の扉を開けると、髪の毛をきれいな金色に染めた二十歳ぐらいの痩せた男が、読んでいたマンガ雑誌をカウンターに置いて面倒くさそうに立ち上がった。
「空いてますよ」
言いながら右手でレジを操作して、レシートを打ち出す。
入店時刻を示すための伝票だ。
無言のまま出されたレシートを受け取って一番奥のブースヘ向かった。
スーツのジャケットを脱いで椅子の背にかける。
パソコンのマウスに手を触れると、グレーのディスプレイ画面が起動を示すウインドウズのマークに変わった。
しばらく待つうちに、再びディスプレイが切り替わって検索画面になった。
私はキーボードに指を置いて《JAPAN MAIL》と打ち込んだ。
《JAPANMAIL》はプロバイダーと契約することなくメールアドレスを取得できる、いわゆるフリーメールのサイトで、個人情報を明らかにすることなくアドレスを持つことができる。
仕事以外で利用する場合には、便利なサイトだ。
別に犯罪が目的で使うわけではないが、例えば堂々と購入するのには気が引ける、ロゲインやバイアグラのような商品を買うときには都合がいいだろう。
もっとも私はそういう物を買ったことはない。
私がフリーメールを利用しているのは、他に理由があった。
すぐに《JAPANMAIL》のトップページが浮かび上がる。
私は自分のメールアドレスとパスワードを打ち込んだ。
ディスプレイが私のメールボックスになる。
新着メールが二通あった。
「本間さんも、熱心ですよね」
大きな赤のエプロンを掛けた金髪がアイスティーを運んできた。
彼が私の名前を知っているのは、この店の会員証を作るときに免許証を見せたからだ。
会員になってから三カ月ほど経つが、私の方はこの男の名前を知らない。
最初のうちはたまに寄るといった程度だったが、週に一、二度、定期的にこの店を訪れるようになってからは、私と金髪は少しずつ話すようになっていた。
私の半分にも満たない年齢で、しかも客と店員という立場にもかかわらず同等の立場で話す金髪の言葉に、時として苛立たしさを覚えることもあったが、最近ではそれも気にならなくなっていた。
「最近はどうなんすか」
「別に。変わらないよ」
「へえ。楽しいんですか?それで」
呆れたように言う金髪を無視して、私は新着メールをクリックした。
「メール読ませていただきました/埼玉のともこです/何となく気になっちゃったので、会えたらいいなって思ってます/たかおさんは、印刷会社に勤めているんですね/ともこは、大宮の方の自動車販売会社で経理をしています/だから、あんまり都心の方はいったことないので、いろいろ教えてくれると嬉しいです/
じつは、メール自体、あんまりしたことないので、そういうことも教えてほしいです/あと、たかおさんは38歳ということですが、ともこは23歳で、ずいぶん離れていますが、いいですか?/
では、これからもよろしくです/お返事、楽しみに待ってます」
「だってさ」


 

 

 

 

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