同姓同名小説
著者

松尾スズキ/著

出版社
ロッキング・オン
定価
本体価格 1500円+税
第一刷発行
2002/10
ISBN4-86052-009-2
松尾スズキ 初の短編小説集。

BUZZで3年間にわたって連載された『同姓同名小説』が、遂に単行本になります!

みのもんた、ピンクレディー、川島なお美、中村江里子、上祐史浩、乱一世、竹内力、田代まさし、広末涼子、小泉孝太郎、荻野目慶子、モーニング娘。etc.。毎回毎回「この小説は完全にフィクションであり、実在の方々とは何の関係もありません。同じ名前の別の人、としてお読みください」という注意書きとともに繰り広げられた抱腹絶倒、そして哀愁のドラマ達が一冊に。ニアミスする現実と妄想、ストーリーテラー松尾スズキの真骨頂がここにあります。

 

松尾スズキ:プロフィール:
1962年福岡県生まれ。大人計画主宰の演出家/俳優。1988年に設立した大人計画は、あらゆるタブーや不条理をつき抜けた笑いと過剰な物語性が支持され、日本有数の人気劇団となり現在に至る。1997年に第41回岸田戯曲賞を受賞、そして2001年3月には第38回ゴールデンアロー賞演劇賞受賞。現在公演中の舞台『業音』も、瞬く間に全公演チケット完売。なお、現在8本の雑誌連載、宗教が往く/ウフ.(マガジンハウス)、ニャ夢ウェイ by チーム紅卍/BUZZ(ロッキング・オン)、スズキが覗いた芸能界/クイックジャパン(太田出版)、松尾スズキの「お婆ちゃん!それ偶然だろうけどリーゼントになってるよ!」/TVブロス(東京ニュース通信社)、寝言サイズの断末魔/SPA!(扶桑社)、松活妄想撮影所/SPA!(扶桑社)、お言葉ですが、松尾さん!/ダ・ヴィンチ(メディア・ファクトリー)、顔はやめて!私は女優よ/流行通信(インファス)を持ち、作家/コラムニスト/エッセイストとしても注目が集まっている。

主な著書:
■永遠の10分遅刻(ロッキング・オン)■これぞ日本の日本人(ぴあ)■この日本人に学びたい(ロッキング・オン)■読んだはしからすぐ腐る(実業之日本社)■大人失格(マガジンハウス→光文社文庫)■星の遠さ寿命の長さ(太田出版)■第三の役立たず(情報センター出版)■戯曲『マシーン日記/悪霊』(白水社)■戯曲『母を逃がす』(白水社)■戯曲『キレイ』(白水社)■戯曲『ヘブンズサイン』(白水社)■戯曲『ファンキー!宇宙は見える所までしかない』(白水社)■ぬるーい地獄の歩き方(演劇ぶっく社)

第一話

「みのが、みのであるために」

夏のせいで冷房なしの部屋は暑い。
当たり前だ。
当たり前なので辛くても悩まずよく寝れる。
「いやだ」と言っても夏は来る。
俺のせいじゃない。
俺は押切勝之。
今年で二十五才である俺だが、就職するでもなく仕事のあるときはあるなりにないときはそれなりに、だらだらとかつかつの生活を流している。
流す。
まさに。
俺にとって生活は苦しんだり営んだりましてや築いたりするものでは到底なくて、流し流され辛いときには誰かのせいにして、いいタイミングで「なにげ」にコロッと逝くみたいな、そういう軽さが理想の生きざま
であり死にざまなのだった。
ロシアの血が四分の一混じっていることもあってルックスがなかなかによく、モデル事務所に所属して何本かのCMにも出たが、悲しいかななにしろやる気というものが生まれてこの方出たことがないので、撮影をすっぽかしたりセリフを棒読みしたりするうち、あきれられたりほされたりでずるずると、今のような生活にあいなった。
でも、まあ、なんとかなるでしょと、根拠もなく人生に対してたかを括る自分を全面的に肯定し、愛している。
俺は俺に、たちが悪い。
六畳一間風吊なしダニ付きの湿気だらけの部屋には一鉢のサボテン日持ちのいいビスケットうずたかく積まれた週刊誌とCDの山。
そして片隅にはみのもんたがいた。

どんなきっかけでみのが俺の部屋に入り浸るようになったか、未だにはっきりと思い出せないが策初の出会いだけは妙に覚えている。
その日、いつも暇をつぶす近所の公園にふらふらと草履がけで俺が出向くと、ベンチにつながれている遺伝子をタコ殴りにした上に噛んで噛んで吐き出されたような不細工な犬の額を、グレーのサマースーツ姿のおっさんが人差し指で無心にグイグイ押していた。
それが、みのだった。
このおっさん何をしているのだろうと近づくと、みのは自分から振り向いて「ほらね、犬は押し返すんだよ。指で額を押してご覧なさいよあなた。絶対こうグウウウっと押し返してくるんだから」
と笑って歯を剥き出した。
顔色がどす黒いせいか白い歯がまるでアワビの裏側のようにギラギラと
光って見える。
言われたように犬の額を押すと、犬は不細工なりの真剣さで確かに負けじと押し返してきた。
みのはちょっと誇らしげに言った。
「どうよ?押し返しましょ?犬は」
「…ああ。そうね。押し返すね」
「みのも押し返すよ」

(本文P.6〜7より引用)

 
 


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