ラッキーマン
著者
マイケル・J.フォックス/著 入江真佐子/訳
出版社
ソフトバンクパブリッシング
定価
本体価格 1600円+税
第一刷発行
2003/01
ISBN 4-7973-2122-9
世界中が涙した No.1ベストセラー 静かな感動があなたを包み込む。


本書は、マイケル・J・フォックスが、パーキンソン病との闘いを中心に、自らの人生、家族、仕事への思いを、みずみずしい文章で綴った傑作です。
少年時代の家族の思い出は深い愛情を込めて、ハリウッドでの成功はユーモラスに語られ、読者を飽きさせません。パーキンソン病との闘いが本書の一番の読み所です。自分の弱さを痛感しながらも、持ち前の明るさと妻、セラピストの助けによって、病気を受け入れ、パーキンソン病患者のために、新たな活動を始めようとするマイケルの姿に、読者は魂を揺さぶられるような感動を覚えるでしょう。
良い本を読みたいという人、人生とは何かを考えたい人にとって、最良の1冊です。

概要
ほんとうに大切なものを、ぼくは病気のおかげで手に入れた。だから、ぼくは自分をラッキーマンだと思うのだ。
30歳の若さでパーキンソン病に侵されたマイケル・J・フォックスが自らの人生、仕事、家族、パーキンソンとの闘いを綴った感動の記録。
ソフトバンク パブリッシング HPより引用)

 

【マイケル・J・フォックス(Michael J. Fox)  映画俳優】
1961年6月9日生まれ、カナダ・エドモントン出身。1985年25歳の時に映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」主演によって、人気映画俳優となる。1991年、30歳でパーキンソン病と宣告されるが、その後7年間世間に公表せず、仕事を続けながら闘病に苦しむ。1998年にパーキンソン病に罹っていることを公表し、世間を驚愕させた。彼の演技に対する評価は高く、テレビ界のグラミー賞と言われるエミー賞、ゴールデングローブ賞などに多くノミネート・受賞している。また、「ラッキーマン」原書のオーディオテープ(本の内容を朗読したテープ)は、2003年グラミー賞に現在ノミネートされている。「マイケル・J・フォックス基金(URL、http://www.MichaelJFox.org)」を設立し、パーキンソン病の研究を奨励している。様々な活動を通し、パーキンソン病を疾患している多くの人のための治療研究開発費を調達することを積極的に行っている。
映画代表作: 
「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(1985)、「摩天楼はばら色に」(1987)、「バック・トゥ・ザ・フューチャーPART2(1989)」、「バック・トゥ・ザ・フューチャーPART3」(1990)、「奇跡の旅」(1998)、「スチュワート・リトル」(1999、声優としての出演) など多数
テレビドラマ:
「ファミリータイズ〜ファミリーはばら色に〜」(1982〜1989、米国)、「スピンシティ」(1996〜2000、米国)など

【パーキンソン病について】
パーキンソン病とは、運動系の神経が侵され、手足が震えたり、筋肉がこわばるなどの症状が現れる難病である。原因がわからず治療法も確立されていない。病名は1817年に医療学会に報告したイギリスの医師James Parkinsonジェームス・パーキンソン氏につけられた。中高年での発病が多いといわれるが、10、20才代から発病する若年性タイプのものもある。発病率は人口10万人あたり約100人といわれており日本では現在12万人ぐらいの患者がいると推定されている。国の『特定疾患治療研究事業』の対象となる46疾患の一つで、重症患者の治療費は公費負担となる。(参考資料:全国パーキンソン病友の会「パーキンソン病について」説明より)

ソフトバンク パブリッシング HPより引用)

 

ゲインズビル、フロリダ

一九九〇年十一月

目が覚めるとぼくの左手にメッセージがあった。
それはぼくを震え上がらせた。
そのメッセージはファックスでも電報でもメモでもなかった。
心を乱すニュースはそういう形で伝えられたのではない。
実際、ぼくの左手にはなにもなかった。
震えそのものがメッセージだったのだ。
自分がどこにいるのか一瞬わからなかった。
フロリダで映画の撮影を始めてまだ一週間ほどしかたっていなかった。
だから、毎朝目覚めるたびに、自分がユニバーシティ・センター・ホテルのプレジデンシャル・スイートにあるピンクに塗られた巨大な四本柱のベッドにいることにまだ多少びつくりしていた。
その上、その日はひどい二日酔いだった。
このことにはそれほど驚かなかったけれど。
火曜の朝だった。
前夜のどんちゃん騒ぎの詳しいことは思い出せなかったが、あの騒ぎが月曜夜のテレビのフットボールに関係があると考えて、まずまちがいはないだろう。
目が覚めてからしばらくのあいだ、何時かはわからなかったが、自分が寝過ごしてはいない自信はあった。
もしセットに入らなければならないのなら、アシスタントのブリジットから電話があるはずだ。
たとえば、ぼくが十時にホテルを出なければならないとすると、彼女は九時半に電話をしてきて、もう一度九時四十分に電話をしてくる。
そして九時五十分になると自分のいる階からエレベーターに乗ってここ
までやってきて、ぼくの部屋に入り、ぼくをシャワーへと押しやり、キッチンに入りこんでコーヒーを沸かしてくれる。
そういうことはどれも起こっていないので、少なくともあと数分は余裕があるということだ。
部屋の明かりを消して、ブラインドも下ろし、力ーテンを引いていても、まだまぶしい朝の光が大量に部屋に差しこんできていた。
目をぎゅつと閉じ、ぼくは左手の手のひらで目をおおってまぶしさを防ごうと弱々しい抵抗を試みた。
蛾の羽が─とぼくには思えた─右頬のあたりでぱたぱたと動いている。目を開けて、左手を目の前数センチのところにかざした。
うっとうしい蛾のやつを指ではじき飛ばしてやろうと思ったのだ。
そのとき小指に気づいた。
小指が震え、ぴくぴくと勝手に動いているのだ。
この状態がどれくらい続いていたのかはよくわからなかった。
だが、そのことに気づいたいま、ぼくは自分でその指の動きを止められないことにびっくりした。
へんだなーたぶんこの指の上で寝ていたのかもしれない。
五、六回続けてぼくは左手をぎゅつと握り締めてみたが、そのたびに小指は震えながら飛び出した。両手の指を互いに組み合わせて、
両手を上にあげ、それから頭の下に敷いて枕に押しつけた。
コツ、コツ、コツ。
水を一滴ずつ垂らしていく中国の拷問のように、小指が自分の頭蓋骨の裏側をやさしく打ちつけるのが感じられた。
もしこいつがぼくの注意を引こうとしているのだったら、十分に成功したわけだ。
左手を頭の下から出して、顔の前にかざしてみた。
昔、マンガ雑誌の広告に載っていた骨が透けて見えるというレントゲン眼鏡をかけたばかな男の子のように、しっかりと手のひらを開いて。
もっともぼくは透けて見える骨の構造など見なくてよかったのだが。
ぼくが探している情報は目の前にある手そのものなのだ。

(本文P3,4から引用)

 

 
 


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