旅に夢みる
著者
吉永小百合/著
出版社
講談社
定価
本体価格 1600円+税
第一刷発行
2003/03
ISBN 4-06-211652-9
心をこめて綴り上げたエッセイ集

あざやかな街 なつかしい人

TBSラジオ「吉永小百合 街ものがたり」単行本化第2弾
初公開プライベート写真満載

心をこめて綴り上げたエッセイ集

初めて訪れた街ではずむ心、
初めてたたずむ街でふれあう人々、
風がその街の歴史と暮らしの香りをはこんでくれる、
そのときめきを求めて、私は旅に出ます。


 

東京生まれ。1959年映画界デビュー。以後、100本を超える映画に出演する。代表作は『キューポラのある街』『動乱』『おはん』『外科室』『長崎ぶらぶら節』など。 著作に『こころの日記』『夢一途』『吉永小百合 街ものがたり』がある。


代々木西原

小さな冒険家

私が生まれたところは、東京都渋谷区代々木西原町一〇〇六番地です。
小田急線の代々木上原駅と代々木八幡駅、そして京王線の幡ヶ谷駅を結んだ三角形のほぼ真ん中あたりでしょうか。
戦争が終わる年の三月、大きな被害の出た東京大空襲の三日後に産声をあげました。
下町のほうからケガをした人、焼け出された人たちが大勢逃げてきて、西原小学校の校庭にあふれたそうです。
そんな中での出産は、どんなに大変だったでしょう。
生まれてすぐに、家の庭に掘られた防空壕に入らなければいけなくなりました。
食料不足で母乳が出ず、もちろんミルクもありません。
私が生まれて一週間目、祖母が夏みかんをひとつ、どこからか手に入れてきたそうです。
母は大冒険をしました。
ミルクのかわりに夏みかんの一房をしぼり、湯で薄くのばして私に飲ませたのです。
冒険は成功しましたが、赤ん坊にはやっぱりミルクが必要です。
母は隣の町の牛舎に通って頼みこみ、貴重な牛乳を毎日少しだけ買うことができるようになりました。
家族の苦労でなんとか生きることができた私ですが、身体が弱く、一歳の時には半年間で五回も入院しました。
ペニシリンという当時の貴重な薬に助けられたのです。
病院で、先生や看護婦さんにやさしくしてもらい、少しずつ元気を回復した私は、
「ちゃゆり、大きくなったら、カンゴーチャマになる」
と、覚えたての言葉でしゃべりました。
生まれた町は静かな住宅地で緑も多く、家の小さな庭には、桜の樹がありました。
三、四歳の頃には、その樹の下にゴザを敷いて、ままごと遊びをしました。
無用になった防空壕も近所の子供たちとの恰好の遊び場所になりました。
ビワを食べて種を庭に捨てたら、そこに芽が出て、スクスクとビワの木が育ち、とてもうれしかった思い出もあります。
小学校に入学した時は、クラス一番のチビでしたが、気持ちは元気一杯、行動も男の子なみでした。担任の先生から、「落ち着きのない子」と通信簿に書かれてしまって……。
西原小学校と我が家の間の通学路に不思議な場所がありました。
大きな塀が広い敷地をぐるりと囲み、塀の上には鉄条網がつけられています。門には「立入禁止」という大きな看板がかけられ、人の気配がありません。
中には窓もない鉄筋の古びた建物があって、学校の行き帰り、
「いったい、ここは何なのかしら?」
と興味津々。中に入って探検したいという思いが募っていきました。
ある日、クラスメートの男の子三人を誘って、塀を乗り越え、とうとう私は中に入ってしまいました。
雑草が生い茂った敷地内にはあやしげなものはありません。
人影もなく、建物の入口も見当たらず、水の流れるような音だけが聞こえてきました。
誰かに見つかったらたいへんと、緊張いっぱいで走り回り、建物にかけられたハシゴを発見。するするとよじ登って屋上に立ちましたが、何も見つけられませんでした。
木々が風にそよぐ音と水の音だけが聞こえています。
新しい発見や収穫はなかったものの、禁を犯して秘密の場所に入ったという満足感で、冒険家は意気揚々と家路につきました。
家に帰り、得意顔で母に報告しました。
ところが母は、「入ってはいけない場所に、何で入ったの!水の中に落ちたらどうするんですか!」
と、いきなりこわい顔になり、私のお尻をいやというほど叩きました。
あれは、東京都水道局の給水所で、私たちの大切な飲み水を管理する場所だったのです。
小学校時代の私の自慢は、四年生の時の運動会です。
障害物競走で一等賞をとりました。
平均台や跳び箱などの障害物を乗り越え、飛び越えて走り続けると、最後は大きな網がグラウンドに置かれています。
それを這いつくばってくぐり抜けるとゴールというおもしろい競技です。
私は二番目に網の中にもぐり込みました。
先頭の大きな子が網を必死で持ち上げ、前へ前へと進んでいきます。
するとその脇に私が進むスペースができました。
大きな子が道をひらき、私は他力で網をクリアして、とうとう一番でゴールイン。
とびっきり足が速かったわけではないので、後にも先にも運動会で一番になったのは、その時だけでした。
思い出すと今でも「してやったり!」と笑いが込み上げてきます。

 

 

 

 
 


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