憲法なんて知らないよ というキミのための「日本の憲法」
著者
池沢夏樹/著
出版社
ホーム社
定価
本体価格 1300円+税
第一刷発行
2003/04
ISBN 4-8342-5084-9
本当は、こういう意味だったんだ!作家・池澤夏樹が提案する大胆な新訳憲法

50年前の古びた言葉で書かれている憲法を、誰もが読める言葉にして次世代に伝えたい。池澤夏樹が、英文の条文を現代語に翻訳し、憲法の意味をわかりやすく説くことを通じて、論議に一石を投じる。


まえがき、
あるいは「つまり、こういうことなんだ」

憲法って、あんまり感じがよくない。
だいたい響きが悪いよ、「ケンポー」なんて。
音が硬くて、とんがっている。
剣法とか拳法とか、似た言葉がどれもあぶない感じで、近づきたくない。
これがもしも「のんぽう」とか「ゆんぽう」だったらずっと感じがよかったのかもしれないけれど、「のん」も「ゆん」も漢字ではめったにない音だ。
しかたがないから憲法という言葉を使おう。
ほんとうを言うと、ぼくだって普段は忘れているさ。
教科書に出てきたし、新聞でもときどき見る。たまにテレビで聞いたこともある。
だけど、いっしょけんめい覚えても、試験以外では役に立つものじゃないみたい。
そんなもんだよね、常識として。
でもまあ、ちょっと考えてみよう。
なぜ憲法がいるのか。
憲法って、法律ぜんぶのもとだ。
ならば、なんで法律がいるのか、それを考えなくてはいけないことになる。
人は喧嘩するものだから、というのが、たぶん、その悲しき理由だね。
喧嘩する。争う。モノを取り合う。いばる。いじめる。
人って、ほんとうに美しくて、いとおしくて、すばらしいのに、でも嫌な面もたくさんある。
社会の始まりまで戻ってみよう。
たぶん最初から人は仲間と一緒に暮らしていた。人の祖先は孤独なゴリラ型ではなく、集団生活のチンパンジー型だった。
そうすると、強い奴と弱い奴が出てくる。
強いのがいばるし、おいしい物は先に食べるし、雌を独占したりして。
強い奴はいい気持ちかもしれない。
だけど、人間の場合は弱い奴のことも考えて社会を作ろうと決めたんだ。弱い奴の方を土台にして、と言ってもいい。
それができたのは、たぶん人間には言葉があったからだろう。
弱い同士で話しているうちに、世の中には弱い者の方がずっと多いということがわかった。それならば、社会というもの、弱い方が主役じゃないか。
そこで社会の大多数を占める弱い奴はみんなでまとまって、腕力ではなく言葉で、強い奴の横暴を抑えることにした。
社会についていろいろ決まりを作った。
考えてみれば強い奴だっていつまでも強いわけではない。
歳もとるし、病気もする。
もっと強くて乱暴な奴が現れるかもしれない。
自分が弱い側に立った時のことを考えてみたら、社会に決まりがあるのはよいことだよ。
その一方で、社会はどんどん大きくなって、国というものが生まれた。
最初は村くらいのサイズだった。それでも隣村との境界線を引いて、その中は自分たちのやりかたでやると決めて、何か問題が起こった時はみんなで集まって相談した。
親が二人とも病気で死んでしまった子供たちをどう育てるか。
その一家は流れ者で、村には縁者もいない(この子供たちって、弱い奴の典型だよね)。年寄りが呼び出されて、昔おなじようなことが起こった時はこういう風にしたと話す。
たとえば豊かな家に預けて育ててもらう。
その代わり、子供たちは大きくなったらその家でしばらく働いて恩返しをする。
村としては働き手が増えるわけだから、子供たちをそのまま死なせてしまうよりは、得をすることになる。

 

(本文P. 6〜9より引用)


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