鈴音は両手を広げ、
天を仰ぎ見ながら言った。
「『かくのごとき夢あれかし』って」
そして、
嬉しそうに微笑む。
「ねえ、それって、とてもすてきな夢だと思わない?すべてのひとたちがみんなそこで繋がっているのよー」
1
彼はひどく風変わりな少年だった。
まるであの絶滅への道を歩んだドードー鳥の最後の1羽みたいに、失われてしまった人間の美徳である何かを、たったひとりで継承していた。
すごく無垢で、だからとても傷つきやすくて、宇宙ロケットで地球の周りをぐるぐるまわったライカ犬のように、彼は澄んだ目で世界を見渡していた。
彼と出会ったのは13歳の春だった。
(もちろん、そのときぽくは彼女とも一緒に出会っていたのだけれど、そのことは後からゆっくりと話していくつもりでいた。
ぼくにだって分別というものがあったし、29歳になったいま、10代の頃よりはずいぶんと女性の心についても学んでいたのだから)
*
父さんの仕事の都合で、ぼくは幾度も転校を繰り返していた。
ぽくら一家はモノポリーのトークンよろしく、あちらに居を構えては、今度はこちらと、いつでも次の場所を目指しながら日々を送っていた。
父さんの上司が投げるサイコロの目の数だけ町を越えてゆき、そして時にはぐるりとまわって、また振り出しの土地に戻ってくるということさえあった。
そんなわけだから親しい友人が出来るわけもなく、真の友情の意昧を知ることもないまま、ぼくは足早に少年期を駆け抜けようとしていた。
新しい町はどこまでも広がる田園と、それを縁取るコナラや赤松の林から成り立っていた。
そして思春期の少年のひげのように、ひどくまばらな間隔で民家がひかえめに建ち並んでいた。
町には、ハケ(台地のすそ)に沿っていくつもの小川が流れていた。
湧水を水源とするこの清流には、ヤナギモやササバモ、ミズハコベといった水草が繁茂し、そこを住処とする小魚や水生の昆虫たちが幸福そうに暮らしていた。
いつの頃からか、ぽくは水の中の世界に魅せられ、水辺に通うのが、どの町でも放課後の日課となっていた。
町によってはまったく水っ気のない干上がった土地もあったし、水草のかわりに汚泥が川底を覆い、魚ではなく空き缶やスーパーのビニール袋が水の中を漂っているというひどい場所もあった。
しかし、ここには豊かな命あふれる水があった。だから、ぼくはこの町が好きになった。
そして何より、ぼくはこの場所で生まれて初めて友人を得ることになる。
ほんの1年間しか暮らすことのなかった町だけれど、ぽくにとってここは終生忘れ得ぬ場所となった。
そのときはぎりぎり滑り込みで、中途編入ではなく新2年生として新学期を迎えることができた。
新2年生たちはどことなく心細げで、見知った顔を見つけると互いに手を取り合い、教室のあちらこちらで同じクラスになったことを喜び合っていた。
けれど、ほんの1週間もすれば、全てがあるべき場所に落ち着いていく。
初めのうちは古い絆にすがっていた彼らも、やがては自分に見合う新しい友人を見つけ、教室という小さな社会の中の位階制を形作っていく。
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