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 恋せども、愛せども
著者
唯川 恵 著
出版社
新潮社
定価
税込価格 1680円
第一刷発行
2005/10
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ISBN 4-10-446903-3
 
この恋が最後になると思っていた ─ 。
 

本の要約

いくつになっても、人は誰かを求め、恋を待っている……。金沢、名古屋、東京で生きる祖母、母、娘たち三世代の女性の恋と仕事、結婚。すべての世代の女性たちが熱く共感する待望の恋愛長篇小説。



オススメな本 内容抜粋

電話  理々子


窓際の机に置かれたデジタル時計の数字が、四つともゆるやかに変わり、午後十時を知らせてい
る。
連絡が来るはずの時間から、もう二時間が過ぎていた。
高久理々子は受話器を取り上げ、耳に押し付けた。電話はちゃんと繋がっている。具合が悪いと
いうわけではない。携帯電話の方も同様だ。もう何度も同じことをしていて、本当はそんなことは
わかっていた。
短く息を吐いて、テーブルの上の煙草に手を伸ばした。灰皿には吸殻がうずたかく積まれている。
この二時間で一箱近くも吸ってしまった。そのせいで少し気持ちが悪い。喉の奥深くに不快感が張
り付いている。けれども、吸わずにいられない。
連絡がないということは、いい結果ではなかったということだ。
それを自分に言いきかせながら、もしかしたら、という期待も捨てられずにいた。
会議が長引いているのかもしれない。もうすぐ品田から「決まったよ」と、明るい声で報告があ
るかもしれない。
「テレビドラマの脚本を書いてみないか」
と、品田に言われたのはひと月ほど前のことだ。
「恋愛物で、二時間の単発ドラマだ。どうだい、やる気はあるかい?」?品田は業界では中堅のテレビドラマ製作会社でプロデューサーをしている。理々子は幸運に飛び
上がりたいような気持ちで答えた。
「もちろん、やらせてもらいます」
「ただ、若手の脚本家数人に同時に書いてもらうことになっている。その中から、一本を選んでド
ラマ化の予定だ。だから、書いてもらっても、採用されるとは限らないんだ」
そんなことは大した問題ではなかった。とにかくチャンスには違いない。
三年前、新人脚本コンクールに応募して、佳作で入賞はしたものの、それからまったく鳴かず飛
ばずの状態が続いていた。もちろん、すぐに仕事が来るなどと甘い考えは持っていなかったが、こ
うまで無視されるとも思っていなかった。この三年、アルバイトで生活費を確保しながら、わずか
なつてで知り合ったプロデューサーやディレクターに脚本を送り続けていた。その中で、唯一、興
味を示してくれたのが品田だった。
もともと、理々子は脚本家志望というわけではなかった。
出身は北陸の金沢。子供の頃からテレビや映画が好きだったということから高校では演劇部に在
籍し、演出から大道具小道具、役者から脚本まで、ほとんどすべてをひとりでこなしていた。ちょ
うどその頃、東京から来た劇団の公演があり、観に出かけた理々子は、生の舞台と、演じる劇団員
たちの迫力にすっかり魅せられた。
自分はどうしてこちらの席に座っているのだろう。どうして向こうの舞台に立っていないのだろ
う。そんな焦燥感に包まれ、卒業後の進路を考える頃には、当たり前のように「役者になりたい」
という気持ちを抱くようになっていた。
夢を叶えるためには、上京するしかない。さすがに母と祖母に反対されるだろうと、おずおず切
り出したが、ふたりともしばらく黙り込んだものの、最終的には、拍子抜けするほどあっさり承諾
した。
「私が理々子にしてあげられるのは、好きに生きさせてあげることぐらいやさけ」
と、母は言い、
「理々子の人生は理々子のもの。自棄にならないという約束だけしてくれたら、あとは思い通りに
すればいいがや」
と、祖母は笑った。
ふたりは金沢の主計町茶屋街のはずれで『高久』という小料理屋を営んでいる。父はいない。同
い年の雪緒という姉がいて、彼女は京都の大学を出てから、今は仕事で名古屋に住んでいる。
あれから十年。理々子は今年、二十八歳になった。
役者になるという夢は、上京して劇団の入団試験に合格したことで叶えられたように思えたが、
そこに自分の確かな居場所を見つけることはできなかった。周りの役者たちを見て、自分の才能に
疑問を感じたのが最初だが、加えて、演出家や脚本家とうまく気持ちを馴染ませられないこともあ
り、私ならこんな展開にはしないのに、私ならこんなセリフは言わせないのに、そんなもどかしさ
が徐々に積もっていった。
役者より台本を書く方が自分には向いているのではないか、やがて、そんな思いが頭をもたげる
ようになっていた。
劇団は五年目に辞めた。



(本文P. 3〜5より引用)



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