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 亡命者 ザ・ジョーカー
著者
大沢在昌/著
出版社
講談社
定価

税込価格 1785円

第一刷発行
2005/10
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ISBN 4-06-213158-7
 
着手金は100万、「殺し」以外のすべての仕事をたった一人で引受けるジョーカー。“二代目ジョーカーの最初の事件”ほか、「最初のプロフェッショナル」の秘密のベールがいま明かされる、ハード・ボイルドシリーズ第2弾!
 

本の要約


子供(ガキ)には理解不能の美学がある。
「最悪のトラブル」をたったひとりで引き受ける最後のプロフェッショナル。

着手金は100万、仕事は「殺し」以外のすべて――。
六本木裏通りのバーに持ち込まれる無理難題を解決するジョーカーのもとに、長身白髪の英国人男性が訪れた。彼は20年以上前、ジョーカーが先代を継いで2代目となった初仕事の依頼人だった。
裏世界を生きるトラブルシューターのプライドと美学を描く!




オススメな本 内容抜粋


激しくはないが、背骨の芯まで冷たくなるような雨の降る二月の晩だった。昼過ぎから降りだ
し、いつ雪にかわってもおかしくはないという予報に、六本木からは人けが消えていた。
「笑っちゃいますよね。たった五センチの雪でお手あげの首都なんて、世界中でも東京くらいの
ものじゃないですか」
カウンターの内側でグラスを磨く沢井がいった。バーに、私以外の客はいない。
「もし三十センチも積もった日には、きっと大地震なみの被害がでますよ。そんなことが一回く
らいあってもおもしろいのじゃないかと思っちまうんですけど、不謹慎すかね」
北国生まれの沢井は、雪が降ると、東京と東京人に対して優越感を感じるらしい。特に雪道で
転ぶ人間を馬鹿にしている。
「そう思っている人間は、お前さんだけじゃないさ。この街がぶっ潰れるところを見たいと願っている、この街の人間もけっこう多いだろう」
薄い水割りをすすりながら私は答えた。
「それって”愛憎相半ばする”感情って奴ですか」
「別に東京に限らないだろうが、嫌いなくせに、でていったら暮らしていけないような人間が、
この街にはたくさんいる。お前さんや俺もそうだ」
沢井はわざとらしくため息を吐いた。
「早く引退したいっすよね」
そのときドアが開き、白髪で長身の白人が入ってきた。沢井のため息が笑顔にかわった。その
白人が私を見つめ、数秒後に、
「ジョーカー?」
と訊ねたからだった。依頼人ならば、沢井の懐うにも、着手金の半分が入る。それだけ引退に
近づくというわけだ。
私は無言で頷き、白人を見つめた。六十代のどこかだろう。アメリカ人ではない。贅肉が少な
く、背すじがのびている。そしてどこか見覚えがあった。
「─ ジェファーソン?」
私は訊ねた。男の口もとに小さな笑みが浮かび、クイーンズイングリッシュで答えた。
「懐しい名だ。しばらくぶりに聞いた」
そして私の隣に腰をおろした。沢井を見ていう。日本語だった。
「スカッチウイスキーを下さい。氷も水もなしで」
沢井は仕事にとりかかった。私は英語でつぶやいた。
「二十年、いやもっとたったな」
男は頷き、灰色のカシミヤのコートの内側から葉巻をとりだした。コートは年代物で、すりき
れた袖口にかがった跡があった。
「日本は寒いな。引退してからこっち、ずっと暖かいところにいたんでこたえる」
「いつ引退したり・」
「もちろん九一年だ。クリュチコフにはもう、私の身を守ることなどできなかった。あれ以来、
ロシアには帰っていない。彼らはそれなりの報酬を払ってくれた。つましい暮らしなら、人生の
残りを楽しむこともできる。だが約束は約束だ。君に一杯奢るために、東京にきた」
「律儀だな」
私は笑った。
「君も律儀だった。かわったかね、君は?」
男は沢井のさしだしたグラスを手にし、訊ねた。
「それほどかわってない。引退を考える機会が多くなった」
「この人に同じものを」



(本文P. 7〜9より引用)



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