パリのトイレでシルブプレー
 
  バカにはバカの生き方がある・・・・・のか? 中村うさぎの書き殴り劇場  
著者
中村うさぎ
出版社
角川文庫 / 角川書店
定価
本体価格 400円+税
第一刷発行
2001/2/25
ISBN4−04−412518−X

旅行に出れば恥をかき、金を借り
ては義理を欠く。
そんな悪戦苦闘の日々を
手当たり次第に書き殴る、
中村うさぎの人生劇場。
やると思えばどこまでやるさ、
やる気がなくてもやつちゃうさ。
浪費、前借り、下痢ピーピー、
渡る世間は穴ボコだらけ。

満身創痕の人生だけど、
咲かしてみせるぜ、女の意地を。
バカは死ななきゃ治らない?
なら、一生バカで生きてやらあ!
中村うさぎ、四十二歳。
開き直って、もんどりうって、
今日も道なき道を暴走中。
そこのけそこのけ、
うさぎが通る!

 

パリのトイレでシルブプレ〜〜!

今年、私は生まれて初めて「海外で正月を迎える」とゆー非国民な行動をとってしまった。行く先は、花の都。パリである。トルコだのチェコだのヘンな国に行きたがる私だが、やはりパリは憧れの都だ。なんだって、リカちゃんのパパの故郷だも−ん!

もちろんフランス語など話せないが、それでもいくつかの単語は耳にした覚えがある。まず「ボンジュール」だろ、「メルシー」だろ、それから……そうそう、その昔、CMでアラン・ドロンが言ってた謎の言葉「シルブプレー」。これは「どうぞ」とゆー意味だと、今回、初めて知った。そ一か、アラン・ドロンのヤツ、「ど−ぞ」と言っていたのか。

しかし、いったい何が「ど一ぞ」だったんだろう?ま、アラン・ドロンが何を言いたかったかなんてえコトは、ど一でもいい。私はパリでおしゃれにショッピングを楽しみ、カフェのギャルソンに「アンカフェ、シルブプレー」などと言っている自分を想像して、ポワンとなってしまった。気分はすでにパリジェンヌである。

こうして、私の夢と野望を乗せて、飛行機は一路。バリヘと向かった。ありがたいことに、直行便である。私は飛行機の乗り換えが大嫌いなのだ。ずっと前、モスクワで乗り換えてローマに行ったことがある。乗り換えまでに時間があったので、モスクワ空港の喫茶店でお茶を飲むことにした。テーブルは満員で立ち飲みするバメになったうえ、喫茶店のおばちゃんはあくまで愛想悪く、出てきた紅茶はあくまでマズかった。

しかも、隣で紅茶を飲んでいたロシア人(だと思う)の男が、いきなり灰色の眼で私をヒタと見つめて、こう言ったのだ。「バシルーラ!」、バ、バシルーラ?それは、もしかして『ドラクエ』の強制テレポートの呪文ではっ!?ああ、何時間も飛行機に乗って、ようやくモスクワまでたどり着いたとゆ一のに、見知らぬロシア人にバシルーラされて、私は成田に強制送還されるのかっ!?

激しく動揺した私だが、ロシア人のMPが足りなかったのか、その場は何事も起こらなかった。しかし、動揺したせいでアナウンスを聞き逃し、危うく私は乗り換えの飛行機を逃すところだったのである。ロシア人、恐るべし!それ以来、私はモスクワ乗り換えが嫌いになった。ボケボケしてると、ロシア人に,バシルーラされてしまうからだ。

そんな私が、チェコに行った時には、なんとモスクワの強制収容所のよ−なホテルで一泊するバメになったのであるが……まあ、その話は次の機会にゆずろう。とりあえず、当面のテーマはパリである。さて、モスクワにも寄らず(ざま一みろ)、一直線にパリに着いた私は、さっそく翌日からパリジェンヌになることにした。が、たちまち腹をこわして、ゲリジェンヌになってしまった。

私は旅行に出ると、必ず腹をこわすのだ。トルコのイスタンブールでは、ケツの穴を締めながらソロリソロリと内股で歩いたものである。ゲリジェンヌになってしまった私は、とりあえず街のおしゃれなカフェに入って、用を足すことにした。コーヒーを頼んでから、おもむろに席を立ってトイレに行くと……。

なんと、有料トイレである。扉に1フラン硬貨を入れると、ロックが開く仕組みになってるらしい。扉の内側に鍵がないのを発見して不安に駆られたが、どうやら閉めると自動的にロックされるようだ。なるほど、さすが有料トイレ。

だが、あまり感心してる余裕はない。なにしろ私はゲリジェンヌ。さっそく便座にすわって用を足し始めたのだが、その時……!ガチャンというコインの音が響いて、ドアのロックが解除された。なんてこったあ!

誰かがトイレに入ろうとしているのだ!こらあ、有料トイレ!まだ私が用を済ませてないのに、コイン入れられたら勝手に解錠するのか、てめ一は!私は中腰状態でパニックになり、ドアの取っ手を引っ張った。すると向こうは、ムキになって開けようとする。しばらく、無言の引っ張り合いが続いた。

が、腰に力を入れられない私は、どう考えても不利である。何か言わなくては!え−と、「入ってます」って、フランス語でどー言うのだ?わからない!私の知ってるフランス語は、ボンジュールとメルシーとシルブプレーだけなのだ。焦った私は、もう意味も考えずに、うわずった声で叫んでいた。

「シ、シルフプレ〜〜〜〜〜!!」なんのこっちゃ。とりあえず、中に誰かがいるらしいと気づいた相手は(もっと早く気づけよ!)、「パルドン」とか何とか言って、扉から手を離してくれた。やれやれ……。だが、用を足し終わって、よお−く考えてみると、「シルブプレー」ってのは「ど−ぞ」とゆー意味なのであった。私は、トイレの中から「ど−ぞ!」と叫んだワケだ。

さぞかし不審な発言だったことだろう。う−む、恥ずかしい!!それにしても、腹が立つのは有料トイレのヤツである。この「有料トイとを、私はパリ滞在中に、もう一度使うハメになる。その時は運よく誰も来なかったものの、用足しの途中に時間切れになって、勝手に電灯が消えてしまった。用便中に、いきなり真っ暗闇になった時の私の心情を、想像していただきたい。

諸君、パリはいい街である。食い物はうまいし、治安もいい。だが、有料トイレだけは信用してはならないのだ。と、いうワケで。五、六年前に自分が書いたこのエッセイを読み返して、今の私が思うコトといえば、ただひとつ………ちくしょー、何が「パリで正月」だ、、ハカヤロー!いい身分だな、ええ?

んなコトしてつから、天罰当たって下痢ジェンヌになんだよ、ざま一みろ!てめえなんか、一生、下痢してろ〜〜〜〜っ・・・・・と、まあ、ひとことで言えば、こんな感じである。そう。最近の私にとって、海外旅行なんて、まったく縁のないモノとなってしまった。なんだって、金、ね−もんよ。このエッセイの頃は、まだシャネルやエルメスの魔手が届かない、安全な荻窪に住んでいたのだ。あの頃は、よかったなあ(しみじみ)。

買い物といっても、ごくごくたまに、新宿伊勢丹のシャネルやフェラガモに行く程度。まだ経済観念も健全(今よりは)だったから、シャネルのコート一枚買うにもドキドキしたもんだ。ああ、あの初々しさが懐かしい……。ま、今さら悔やんでみても、人生ってのは引き返せないモノなのである。私が麻布に引っ越して、浪費の悪魔に取り憑かれたのも、あらかじめ定められた運命だったのであろう。

きっと、そうだ。私のせいではない。人間は、運命には逆らえないのだよ。それにしても、海外旅行に行けなくなったのは、つくづく残念である。当時、何かってえと旅行ばかりしてた私は、楽しい思い出とともに、情けない思い出やバカバカしい思い出もたくさん作ったモノだ。

たとえば、このエッセイでもチラリと触れてるが、トランジットのために一泊したロシアの「強制収容所ホテル」………アレは、一生、忘れられない。自然公園みたいな広大な緑濃い敷地の中に、ポツンポツンとコンクリートの建物が立っている、という形式のもので、よく言えばコテージ形式なのだが、もちろんそんな情緒のある建物ではない。

緑濃い敷地つたって、パッキリ言えば、単なる森なんである。森の中にさ、四角い灰色の公団住宅みたいなのが点在してるんだよ。そこの一室に、我々旅行者は押し込められたワケやね。

電灯は暗いし、シャワーもロクに出ない。しかも、午後9時くらいになると電気が強制的に止められるため(戦時中かよっ!)、部屋は真っ暗になって本も読めやしねえのだ。

日本から書きかけの原稿を持参してた私は、窓辺で、月の明かりを頼りに書きましたよ。まったく、「蛍の光、窓の雪」ってヤツだ。まいったね。だが、我々がもっとまいったのは、翌朝のコトであった。前日にフロントで朝食のチケットを受け取っていたのだが、朝食をとるには、同じく森の中にある食堂まで歩いて行かねばならないという。

なのに、その食堂がどこにあるのか、我々は地図さえ貰ってないのである。外に出れば案内板でもあるかなと思ったのだが、それもない。早い話が、自力で探しな、というコトであるらしい。私と友人は、空腹を抱えて、森をさまよい歩きましたよ。

まるで、ヘンゼルとグレーテルのような気分であった。案の定、道に迷って、森の奥深く来てしまった。ようやく人の姿を見つけて駆け寄ったが、それは見るからにホテルの従業員ではなく、ヒゲクマのような容貌の二人組の木樵であった。そして、英語が全然通じない。我々は諦めて、再び森の中をグルグルと歩き回ったのであった。やっとのコトで食堂を見つけ、朝食にありついた時には、涙が出そうになったよ。

今にして思うと、あそこで食堂を見つけられたのは、ラッキーとしか言いようがない。ヘタすると、今でも我々は、あの森の中をさまよってたかもしれないのだ。いや、行き倒れて白骨死体になってたかも……ああ、恐ろしい。二度とロシアなんか行くもんか!

 

 

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