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ホテルへ向かうタクシーの中、息子のアインが私に尋ねた。
「ねえお父さんは来ないの?」
返事に詰まる私は、大きな布の袋を二つ脇に置き、娘のツパイをひざの上に乗せていた。
妙に荷物の多いお散歩。
電車に乗るよ、と言った時のアインの不思議そうな顔。
八月十一日。アインの小学校のプール教室は昨日で終わっていた。
二歳のツパイはまだこの夏プールにも海にも入っていない。
袋の中に二人の水着とビーチサンダルを入れる事は、直前に決めた。
「あとでお話するから」
ツパイはタクシーの広告ポケットの中からタウンマップを引っ張り出し、びりびりと破り出した。
「ねえねえ、ツパイちゃんやぶってるよ」
言ったアインの口の中に、マップを押し込むツパイ。
「んが-」
ちぎっては突っ込み、ちぎっては突っ込むのを見て、私は思い出した。
「アインさあ、ツパイちゃんが赤ちゃんの時に口の中にシールを入れたことがあったじゃない。あのしかえしをされてるんだよ、きっと」
「そういえばそんなことがあったねえ」
口をもごもごさせながら笑い転げる息子。
まだ作業をやめない娘。
どこから見てものどかな観光客であろう私たちを乗せて、タクシーはホテルヘ。
部屋にはセミダブルベッドが二つ。
右へ左へ跳ね回る子どもたち。
「ねえねえ、アイン」
「なに?」
「あのね」
私は息子の両肩に手をかけた。
「ほんとうはね、家出して来たんだよ」
「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?」
みるみるうちに泣き顔になる彼。
ツパイはまだ跳ねている。
「太田さんとはね、別れるの」
「なんで一 ?ぼくはどっちも好きなのに一 !」
「お母さんはね、もう好きじゃないんだよ。今別に好きな人がいて、お母さんのお腹の中にはその人の赤ちゃんがいるの」
「赤ちゃん?」
息子の視線がお腹に落ちる。
「そうなのか一」
「夜になったらその人も来るからね。ヒロカズさんていうんだよ。アインに紹介するからね」
「そうかー」
息子はもう泣きやんでいた。
涙は二つぶ。
飲み込みの良さに私の方が驚くくらいだ。
「お母さんの好きな人はどうして夜しか来ないの?」夕飯のテーブルでアインが聞く。
「そういうふうに言うと、お母さん内緒の愛人みたいね。今日はたまたまご用があって遅いんだよ」
「はやく会いたいなあ」
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