プリズンホテル 【2】 秋
 
  プリズンホテルに 血の雨が降る・・・・・かぁ? マルボウ刑事とヤクザの無礼講大宴会が始まった─―  
著者
浅田次郎
出版社
集英社文庫
定価
本体価格 724円+税
第一刷発行
2001/7/25
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ISBN4−08−747339−2

八代目関東桜会総長・相良直吉の計報を受けたのは、晩秋の夜更のことだった。
時間割どおりに午前一時に起床し、さてこれから仕事にかかろうと机に向かったとたん、背後で不愉快なピ一音が鳴った。

ぼくは自分がからきし機械オンチなせいもあって、いわゆるOA機器のたぐいが大嫌いだった。
とりわけこのファックスというヤツの、てめえの意思を一方的に通達するという身勝手さには、つねづね我慢がならなかった。

小学校の通信簿では、左欄の学習成績が常に「オール5」であったにも拘らず、右欄の性格所見社交性、協調性、明朗性、責任感、正義感等がすべて「C評価」であったほくは、自分で言うのも何だが、つまりひどく偏屈な人間なのである。

まがりなりにも小説家となった今、そんなぼくに対する周囲の通信手段は、会って話すよりも電話、電話より手紙、手紙よりファンクスがベストであることはそれはよくわかる。
しかし、だからと言って朝っぱらだろうが真夜中だろうがお構いなしに送られてくるファックスにはいささか閉口させられていた。

一般の人々とは昼夜の生活が逆転しているぼくにとって、これはほとんど威力業務妨害に等しかった。
で、いつもの通りにぼくはファックスに必殺の回し蹴りを見舞って床の上にダウンさせてから、「ざまあみろ、少しはコリたか」と咳いて通信用紙を引き破った。

〈前略。関東桜会の相良総長が急逝しました。ぜひこのチャンスに義理事の実態を見聞しておかれますよう、切に希望いたします。まずはご連絡まで。草々木戸孝之介先生発丹青出版〉
「なにが先生だ、バカヤロウ」ぼくは見えぬ発信者を罵りながら、通信文をもみしだいた。

小説家と呼ばれる人々はみな一見ひよわそうだが、実は乱暴者が多い。
作ることとぶっこわすことは同じ仕事のうちだから、自然そうなる。

しかし対する編集者たちはみな一見ひよわそうで、実際ものすごくひよわだから、「切に希望する」場合にはしばしばファックスの深夜発信という手が使われるのだ。
こんなことを昼日なかの喫茶店で言われたら、ぼくはたぶん回し蹴りをくれないまでも、コーヒーを頭からぶっかけているにちがいない。

〈仁義の黄昏〉シリーズの大ヒットにより一躍ベストセラー作家の仲間入りをしたぼくの筆は、このところいささか遅滞していた。
べつにスランプというわけではない。
同じ業界の同じような話を八巻も続ければ、読者はどうか知らんが書く方はいいかげん飽きるのだ。

 

 

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