肩ごしの恋人
著者
唯川恵
出版社
マガジンハウス
定価
本体価格 1400円+税
第一刷発行
2001/9/20
ISBN4−8387−1298−7
女はいつだって、女であること自体が武器だ きっとあなたの中にいる、ふたりの女の物語 ・・《萌》  気に入ってしまいそうなものを見つけた時、必ずいちゃもんをつけたがる、自分にはそんなところがある。もうわかっている。彼は、とてもいいセックスをする。・・《るり子》 私、いつかあなたは私を好きになるような気がするの。だって、私を好きにならない男がこの世にいるなんて、どうしても信じられないんだもの。

■文学賞
2001年 第126回 直木賞受賞

女はいつだって、女であること自体が武器だ きっとあなたの中にいる、ふたりの女の物語 ・・《萌》  気に入ってしまいそうなものを見つけた時、必ずいちゃもんをつけたがる、自分にはそんなところがある。もうわかっている。彼は、とてもいいセックスをする。・・《るり子》 私、いつかあなたは私を好きになるような気がするの。だって、私を好きにならない男がこの世にいるなんて、どうしても信じられないんだもの。

 

 

1

さらさらとした陽が差し込む窓際の席に、花嫁花婿が神妙な顔つきで立っている。
今、乾杯の音頭がとられたばかりだった。
グラスの重なる澄んだ音に続き、タイミングよくエレクトーンが流れ始め、拍手が沸き起こる。

会場に和やかさが戻る。
ボーイたちが、オードブルの皿を運び始める。
地中海料理が有名な青山のこのレストランで、流行りのレストラン・ウェディングを絶対したいと言ったのは、もちろんるり子だ。

青木るり子、いや、結婚したのだからもう室野るり子だ、彼女が純白のウェディングドレス姿で満足そうなほほ笑みを浮かべている。
早坂萌はシャンパングラスを口に運んだ。
この会場でいちばん落ち着いているのは、たぶんるり子だろう。

結婚も三回目ともなれば慣れたものだ。
短大を卒業して一年後に一回りも年上の上司と結婚し、二年で別れた。
その一年後には学生時代からのボーイフレンドと電撃的に結婚、わずか半年で離婚。

まったくよくやるものだと呆れてしまう。三回目にもかかわらずこんな大げさなことができるのは新郎の室野信之が初婚だからだ。
もちろん、るり子が三回目の結婚などということは、あちらの親戚友人仕事関係者には知らされていない。
るり子側の出席者が少ないのは、さすがに三回目ともなると親戚を招待するわけにもいかず、あまり過去の事情を知らない最近知り合った上司や友人ばかりを集めているからである。

れにしても、三回とも招待されたこっちの身にもなって欲しい。
そのたびにそれ相応のお祝い金を包まなければならないし、着るものにも気を遣う。
招待状を受け取った時、皮肉もこめて前の式の時に着たワンピースを着てやろうと、クローゼットの奥から引っ張りだしてみたが、流れる月日は恐ろしい、まったく似合わないのだった。

結局、一回着ただけでリサイクルショップ行きになるわけか、とため息がでた。
それで慌ててダナキャランのスーツとシルクのブラウスを買ったわけだが、一人暮らしの身としては、結構きつい出費だ。
もちろん、るり子がそんなことに気が回るはずもない。

それにしてもるり子は縞麗だ。
シフォンをふんだんに使ったドレスがよく似合っている。
白く透き通るような頬はばら色に染まり、スピーチにはにかむ様子や、上目遣いにちらりと新郎を見る姿などは、まるで処女のようだ。

あの顔に何人の男が騙されたことか。
いいや、男だけじゃなく、女だって騙される。そして、それは自分にも言えることだった。
萌はオードブルの魚介のテリーヌにフォークを突き立てた。

幼稚園で初めて一緒になった時から、不本意ながら、萌はいつもるり子の騎士役だった。
それは本来、男の子が任されるべき役回りなのだろうが、何かあるとるり子は必ず萌に泣き付いてきた。
そのために周りの男の子から嫌われたり、女の子たちから総スカンをくらったこともある。

損な役割だとわかっていても、るり子のあの可愛い顔で泣き付かれると、ついイヤとは言えなくなってしまう。
高校でやっと別の学校になったが、大して変わりはなかった。
その頃はまだ家も近かったせいで、用もないのに、よくるり子は遊びに来た。

そうして、好きでもない男の子に告白されて困っているとか、友達の付き合ってる男の子が私を好きで三角関係の真っ最中とか、そんな話を聞かされた。
貰ったラブレターを見せられることもあった。
内容は、これが高校生の文章かと思えるほど幼稚で「好きで好きでたまりません」とか「あなたは僕の理想の女の子です」とかいうようなことが、てにをはも不完全に書かれてあった。

男の子の低レベルにはぐったりしたが、何より、男どもはいったいるり子のどこを見てるのだろう、と呆れてしまう。
こんな見かけ倒しの女はいない。
優しくて、可愛くて、女らしい、という皮を一枚めくれば、気紛れで、自惚れ屋で、浅はかでしかない。

だいたいるり子は誰よりも自分が大好きな女だ。
自分が大好きな女ほど、始末に悪いものはない。
それで二年に一回ぐらいは大喧嘩をするのだが、結局、また元に戻ってしまう。

もともと自分を省みるというような高尚な習慣のないるり子は、昨日あったことはすべて忘れる猫科の女である。
そんな相手に怒り続ける方が無駄なエネルギーを使うことになると知ってからは、萌も馬鹿らしくてまともに取り合わなくなった。
そういった付き合いが五歳の時からだから、何と二十二年間も続いてきたことになる。

ぼんやりしていると、早くもお色直しのために花嫁退場だそうだ。
今日は何回着替えるつもりだろう。
最初の結婚式は豪勢なホテルで、白無垢、打掛け、ウェディングドレス、赤いカクテルドレス、濃紺のドレスと、恐るべき回数だった。

二回目はカクテルドレス一回分が減った。
さすがに今回は、これでやめておいてくれればいいのだけれど、と思う。(本文より引用)

 

 

 

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