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世界は幻なんかじゃない
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著者
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辻仁成 | |||||
出版社
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角川文庫/角川書店 | |||||
定価
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本体価格 800円+税 | |||||
第一刷発行
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2001/09/25 | |||||
ISBN4−04−359902−1 |
俺には俺自身のことが分からない。 俺は若い頃、何かに顕くと、世界はどうせ幻じゃないか、と言ってその厳しい現実をのらりくらりやり過ごしてきた。 世界は幻なんかじゃない。 毎日仕事を始める前にセントラルパークヘ出掛け、走っている人々の健康的な姿を眺めている。 自分にノルマを課してストイックに生きる彼らの生き生きとした様子を見ていると、穴倉生活とでもいうべき執筆生活に日々没頭している自分が惨めにさえ思えてくる。 物心がついた頃から、自由とは何か、とずっと考えてきた。 それが若さの特権というものだから仕方がないが、あの頃それがたとえ幻影であっても俺が夢に描いたあの自由というものの正体はなんだったのだろう。 これが自由だ、というものにはいまだ俺は出会えていないのだ。 自由という言葉はフランスで生まれ、アメリカで育てられた。 世界中の民は自由を望んだ。 俺はアメリカにやってきた。 一番大きなテキサス州だけでも四倍だ。 バッテリーパークには、世界中からアメリカの自由の象徴である自由の女神を見るために大勢の人々が集まって来る。 しかし彼らがそこで味わう満足感は帰りのフェリーの中で風にあたれば冷めてしまうほどのものに過ぎない。 普段だったら断るところだが、その男が告げた、このプログラムは二十世紀のアメリカを検証するドキュメンタリーになるだろう、という言葉が俺の心にひっかかった。 しかし幾つかの書きかけの小説を抱えていた俺は、興味を抱きながらももう一つその仕事を引き受ける自信も精神的余裕もなかった。 そこには俺を跳び上がらせる驚くべき文言が書かれてあった。
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