官邸 上
著者
成田憲彦
出版社
講談社
定価
本体価格 2000円+税
第一刷発行
2002/02/15
ISBN4−06−211051−2
日本政治の中枢の全真実!

日本政治中枢の全真実! 総理が密会した男。その魔手から逃れる道は、1つしかなかった――。 <元総理秘書官が書き下ろした、2400枚、空前の本格政治小説>

官邸と「抵抗勢力」の関係など、現在政治がわかる最高のテキストだ。著者の確かで冷静な眼力は感銘を覚えさせる。――佐々木毅氏(政治学者・東大総長)

当事者しか書き得ない細部描写の圧倒的迫力。この本の衝撃は政治「内幕」ドキュメントの常識を根底から破壊した。――佐野眞一氏(ノンフィクション作家)

 

「今革命をやろうとしているのに、もう次の革命のことを考えていると感心していた。大変なことだなァ、ともね」「一筋縄でいかないことは、総理も重々分かっています」■「恐いのは、何も発言しないヤツだよ。代議士会や議員総会では、ジーッと聞いているだけのふりをしているヤツらだ」■「裏で左派と手を結んで、政府案を否決させようとしているんだな。最初から参議院に狙いをつけているんだ」「何かこう、地雷原の中を歩いているようだな」■「暗闘のない世界はないよ。逆に言えば、暗闘などというおどろおどろしい言葉を使う必要はないんだ」■「こんな政権は、長続きしないよ。国民は熱病に取り憑かれているだけだ」■「しかしあの常軌を逸したすさまじいばかりの権力への執着心は、学ばないとなあ」「ウチなんか覚めた評論家ばかりだから駄目だ」■「答弁は求めておりませんが。総理、何かご発言がございますか?」■「総理が誰と会おうと、それは総理の自由だ。政治家は裏ではいろんな人間同士が会っているんだからな。政治家の基本的人権みたいなものだし、男と女の密会と同じだよ」

著者紹介


■成田憲彦(なりたのりひこ)
駿河台大学法学部教授・法学部長。昭和21年札幌市生まれ。44年6月東京大学法学部卒業後、国立国会図書館入館(調査立法考査局政治議会課で国会議員のための選挙制度・議会制度等の調査に従事)。平成元年10月同館調査立法考査局政治議会課長、5年8月細川護熙内閣総理大臣首席秘書官、7年4月駿河台大学法学部教授、12年4月から同大学法学部長。専攻は日本政治論、比較政治。著書に『この政治空白の時代』(共著、木鐸社、2001年)、『日本政治は甦るか』(共著、NHK出版、1997年)、『選挙と国の基本政策の選択に関する研究』(編著、総合研究開発機構、1996年)などがある。

 

一 真紅の中央階段

その日の朝、風見透が官邸に着いたとき、閣議はまだ
終わっていなかった。
永田町二丁目の官邸表門前では、所管の麹町署の制服の警察官たちが、進入する車を制止してチェックしていた。
風見はその脇を通り抜け、門に立つ警察官に身分証明書を示して通り過ぎた。
風見の自宅まで朝回りに来て一緒に地下鉄千代田線に乗ってきた二人の若い新聞記者のひとりが、記者証を取り出すのに手間取って足止めされている間、風見は立ち止まって待った。
風見の正面に、二階建ての官邸がそそり立って見える。
官邸。正式には内閣総理大臣官邸だが、この世界では
誰もが官邸と呼ぶ。高い塀を廻らし、厳重な警備で固められたその構内に歩み入ると、外部とは打って変わって静寂が支配している。
官邸は角ばった鉄筋コンクリート造りの建物だが、外装に褐色のタイルが張られているので煉瓦造りに見える。
瓦風の屋根は最近葺き替えたばかりで、緑色の濡れたような光沢を放っている。広い前庭の塀際の駐車スペースには、二十台ほどの黒塗りの大臣車が勢揃いし、あふれた幾台かは表玄関から突き出た大きく四角い車寄せの前の蘇鉄の植え込みの傍にも駐車していた。今はもの静かな光景だが、閣議が終わると記者たちにとりまかれた大臣たちが表玄関に姿を現し、踵を接するように次々と横付けされる大臣車に乗り込んで走り去るのである。
一陣の風が吹き抜けるような喧騒のひと時が去ると、官邸前庭はいつもの広々と空間の目立つ静寂に返るのだった。
車寄せの屋根の下の表玄関前には、黒の制服に白いネクタイ姿の守衛と、携帯無線機を手にしたSPが立っていて、風見を見ると軽く頭を下げた。
守衛はもちろんのこと、SPたちも風見の顔を知っている。
そのSPが玄関にいることで、総理の在邸が知れるのである。
表玄関を入り、中央にだけ赤絨毯の敷かれた数段の階段状の通路を上がって、開け放しになっているドアを抜けると、正面の中央階段に続くホールになっている。官
邸の内部は一変して豪著で華麗であり、ここが特別の場
所であることが知られる。照明が輝き、鮮やかな赤とピ
ンクの幾何学模様の厚い絨毯が敷き詰められたホール
に、テレビ各社のヵメラマンや助手たちが群れていた。
床の上には人の通れるスペースを空けて取材用のテレビ
カメラがきちんと列を作って置かれている。
閣議が終わって中央階段を降りてくる大臣たちを撮影するためのもので、場所取りのために置いてあるのだった。
風見はふたりの記者と会話を続けながら、正面の赤い
絨毯の中央階段を足早に上がった。
そのあたりは官邸の内部でも特にライト風の意匠を凝らしてデザインされた一角である。
長いことニュースの映像だけでこの階段を見てきた風見には、その階段を上る要人たちが例外なく胸を張り、緊張に頬を紅潮させていたような記憶がある。
つい最近まで風見は、毎日自分がその階段を上って出勤することになろうとは思ってもみなかった。
階段の手摺りにあたる部分は薄茶色の入り組んだ形の
テラコッタの装飾的な造りになっていて、階段より大まかだがやはり段状になっている。
その一段ごとに白いセメントの四角い台と花壇が置かれ、今は純白の胡蝶蘭が高貴な姿を連ねている。
野趣に富んだ入り組んだ石や煉瓦の造型と、豪華な絨毯、眩い照明、豊かな花々。
それが官邸のすべてに通じる意匠とも言えた。
上りの中央階段の両脇は、狭い下りの階段である。
ちょうどホールから下に降りる階段の中央部に上りの階段が設えられた立体的な構造になっている。
それが中央階段を陰影を帯びて浮かびあがらせ、あたかも中空に掛けられた橋のように見せている。
中央階段はまず五段上り、直進の長い踊り場が続いた後にさらに十二段上る。
上りながら左右を見ると、窓越しに日本庭園風のこぢんまりした中庭が見える。
上り切ると左右に走る廊下で、別のSPが立っていて黙礼した。
正面の突き当たりには、日本画家池上秀畝の描いた岩頭の鷲の絵の衝立てが立てられている。
幅三メートル、高さはニメートルほどで、極彩色であるが、今は古びて見える。
それでも両翼を広げた鷲の姿は力が濠っていて、この建物の主の美と孤高を表しているようにも感じられ
る。(本文P.5,6より引用)

 

 

 

 

 

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