アジアの隼
著者
黒木亮
出版社
祥伝社
定価
本体価格 2200円+税
第一刷発行
2002/04/20
ISBN4−396−63205−3
日経新聞、週刊現代、プレジデントほかで激賞!

国際金融を知る上で、100冊の経済解説本を凌ぐ!

濁流のアジア金融市場を生き抜く邦銀マンと二人の東洋人

真理戸と日系商社の前に、アジア・ビジネスの暗部を渡り歩く大手米銀のシンが立ちはだかった…。やがて迫り来るタイ・バーツ暴落と通貨危機。その時市場では何が起こったのか?そして三人の東洋人のディールの行方は。

 

世界経済の鍵を握るアジア市場 ディールに挑む三人の東洋人
タイ・バーツ暴落、通貨危機・・・その時、何が起こったのか?
混沌として生命力に満ちたアジアを、マネーを軸に見事にドラマ化した。国際通貨の現場にいる黒木のペンは生々しく、冒頭から読者を捉えて放さない。これはまさに、期待の大型新人のおもしろくてためになる小説である。
佐高信氏(評論家)
金融戦士たちは、高慢かつ冷酷である。かくあらねば、生き抜けない。本書には、過酷な金融戦争と、市場に翻弄される国際金融マンの姿が、実にリアルに描かれている。
服部真澄氏(作家)
国際金融を知る上で、100冊の経済解説本よりも価値がある。アジア通貨危機の舞台裏で攻防を繰り広げるビジネスマンたちを照射した傑作である。浜田和幸氏(国際政治学者・『ヘッジファンド』著者)
三氏絶賛!圧倒的スケールで描く、堂々1000枚!

新興国市場として急成長を続けるアジア市場。90年代半ば、邦銀でアジアを担当していた真理戸潤は、ドイモイ政策で外国投資ブームに沸くベトナムの事務所開設を託されハノイに赴任した。一方、アジア市場で急成長を遂げ、勇名を轟かせる香港の新興証券会社があった。その名は「ペレグリン(隼)」。同社の債券部長アンドレ・リーは、アジアの王座への野心を胸に、インドネシアのスハルト・ファミリーに近づいて行く。賄賂が横行する共産主義体制下で、事務所開設に四苦八苦を続ける真理戸は、邂逅した日系商社マンから、ベトナムの巨大発電所建設のファイナンスを持ちかけられた。約6億ドルのビッグ・ディール落札を目指し、熾烈な闘いを繰り広げる各国の企業連合。真理戸と日系商社の前に、アジア・ビジネスの暗部を渡り歩く大手米銀のシンが立ちはだかった・・・。やがて迫り来るタイ・バーツ暴落と通貨危機。その時市場では何が起こったのか?そして三人の東洋人のディールの行方は?


プロローグ

「お前ら、いい暮らしをしたくないのか!?でかい家
に住んで、美味いもの食って、上等な酒を飲んで、い
い女を抱きたくないのか!?……俺たちの『アジアの
夢』をそんな簡単にあきらめていいのかよ!」
海を背にして白い砂浜に立ったアンドレ・リーは思い思いの姿勢で目の前にすわった十三人の男たちに訴えかけた。
リーは長身の韓国系アメリカ人で、まだ三十一歳だった。
短く刈り込んだ黒い髪を、強い風がなぶっていた。
香港の石澳ビーチ。
夏には猛暑の砂浜も、十一月はかなり涼しい。
鉛色がかったコバルト・ブルーの海は絶えず白い浪を打ち寄せ、遠くに灰青色の島影がぽんやり見える。
香港の地場証券会杜ペレグリンのマネージング・ディレクターで債券部長のアンドレ・サクジン・リー(Andre Sukjin Lee)が部下たちを香港島の東南端に近い石漢の砂浜に集めたのは、一九九四年十一月のある日曜日のことだった。
「でもなあ………」
砂浜にすわったウォーレン・アルダリッジがリーを見上げていった。
額の禿げ上がった三十七歳のアメリカ人で、債券セールスを担当している。
「毎日見ず知らずの客に電話してタイ・バーツ建ての債券を買いませんか、インドネシア・ルピア建ての債券を買いませんか、後で米ドルに換えるといいリターンになりますよ、って声を嘆らしてセールスして回るのも疲れたんだよなあ」
「ああ、俺もだ……」
アルダリッジの傍らにいたマイケル・チョンが相づちを打って砂浜から立ち上がった。
リーは黙ってチョンの方を見た。
「客は、おまえら頭がどうかしてる、俺たちはそんな
馬鹿げたものに投資したことない、だからなあ。アジ
ア債の市場なんて本当にできるのかp…」
チョンは足元の石を拾って海に向かって投げた。石
は強い風の中で放物線を描き、白い波間に消えた。
リーたち十四人がアメリカの投資銀行リーマン・ブ
ラザーズからペレグリンに移籍して来たのは七カ月前
のことだった。
その時、ペレグリンには債券部がなかった。
借入枠が五千万ドルあるだけで、トレーディング・システムも、スワップ・ラインも、引受審査委員会もなかった。
それどころかリーたちは机や椅子、電話を揃えることから始めなければならなかった。
「リーマンじゃ俺たちのこと、随分悪くいってるらし
いぜ。損を出したまま出ていった奴らだと」
リーより二歳年上のシンガポール人、アンソニー・ローがいった。笑顔のきれいなナイスガイで、チームの誰からも好かれていた。
「いいたい奴にはいわせておけ!」
アンドレ・リーが激しい口調でいった。
「リーマンにいたとき損を出してようが儲けてようが、今の俺たちには何の関係もない!ペレグリンの債券部を立ち上げられるかどうか、アジア債の市場を創れるかどうかだけが俺たちの将来を決めるんだ!」
そういってリーは挑むような目で男たちの顔を見回した。
「リーマンを辞めるとき俺はお前たちに約束したよな。もしペレグリンで成功したら、アメリカの投資銀
行よりずっといいボーナスを出すと。………今年は利益を出さなくていい。何とか自分たちの給料と経費だけは稼いでくれ。頼むよ」
「でも稼ぐったって、どうすりゃいいんだよ2どこ
からビジネスを取ってくるんだ?」
「狙いを絞るんだ」
「狙いを絞る?」
「そうだ。俺はどこをターゲットにすべきかもう一度
よく考えた。俺の戦略は…………」
リーはアジアの企業を成長度によって1から5まで
段階分けするのだ、といった。設立後間もない会社はー、上場前後の会杜は2、転換杜債くらいは出せそうになった会杜は3だ。スワイヤ・パシフィック(キャセイ航空の親会社)のように正式な信用格付を取り、多様な資金調達手段を持っている会社は最高の5だ。
「いいか、国際金融界じゃ俺たちは新参だ。5の段階にある会社からビジネスを取ろうとしてもメリルやゴールドマンには勝てない。俺は3の会杜を集中的に攻めることに決めた」
「3じゃジャンク(投資不適格の屑債券)じゃないか
!?」
「そうだジャンクをやるんだ。………俺たちが勝てるのはそこしかない」
アンドレ・リーは風の中で全身に野心を濠らせてい
った。
一九九〇年代初頭からの中南米ブームは九四年に入って急速に繋りを見せ、世界の金融機関や投資家の目は年率一〇パーセント前後の高度経済成長を続ける「世界の成長センター」アジアに向けられつつあった。
アジアの政府・企業による株式・債券発行額も増え始め、それまでの年四、五十億ドルから九二年は九十億ドル、九三年は二百八十億ドルと爆発的ブームの兆しを見せていた。
それから三カ月後の一九九五年一月二十六日、木曜日。パキスタンで世紀の巨大プロジェクトが立ち上がろうとしていた。
プロジェクト総額十七億六千六百万ドル(約千七百六十億円)。人口一億三千万人のパキスタンの総電力需要の一三パーセントを供給する石油焚き発電所、ハブ・リバー発電プロジェクト。四つの発電機を備えた総出力一二九ニメガワットは、日本が誇る黒部第四発
電所の四倍の出力だ。
パキスタン最大の都市カラチの西方、四〇キロメートル。

(本文P.11,12,13より引用)

 

 

このページの画像、引用は出版社、または著者のご了解を得ています.

当サイトが引用している著作物に対する著作権は、その製(創)作者・出版社に帰属します。無断でコピー、転写、リンク等、一切をお断りします。

Copyright (C) 2001 books ruhe. All rights reserved.