K・Nの悲劇
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著者
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高野和明/著 | |
出版社
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講談社 | |
定価
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本体価格 1700円+税 | |
第一刷発行
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2003/02 | |
ISBN 4-06-211713-4 | ||
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『13階段』の著書が描く、戦慄に満ちた愛の物語。 夏樹果波は、幸福の絶頂にいた。 ホラーを超えた未曾有の衝撃!恐怖小説は新たな次元に突入した! |
■ 高野和明(たかのかずあき) 1964年東京生まれ。1985年より、映画・TV・Vシネマの撮影現場で働きはじめ、映画監督・岡本喜八氏の門下に入る。1989年渡米。ロサンゼルス・シティカレッジで映画演出・撮影・編集を学ぶ。1991年同校中退後、帰国して映画・テレビなどの脚本家となる。2001年『13階段』で第47回江戸川乱歩賞受賞。2002年、受賞第一作『グレイヴディッガー』を刊行。 |
目次 プロローグ
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プロローグ 吹きつける粉雪がきれいだった。聞こえているのは、雪を踏みしめている二人の足音だけだ。 お母さんに買ってもらったばかりのスノーブーツは、履き慣れていないせいか、滑りやすかった。 果波は暗い空を見上げ、少しだけ不安になって、一緒に歩いている友達の横顔を見た。 「大丈夫」と、クミちゃんは言った。 「赤ちゃんは、元気に産まれるから」 「うん」小さくうなずいて、果波は親友に遅れまいと足を速めた。 しばらく木立を歩くと、鳥居が見えてきた。その向こうにあるはずの石段は、すっかり夜の闇に溶け込んでいる。 「懐中電灯、持ってきた?」とクミちゃんが訊いた。 「あっ」と果波は、階段の下で足を止めた。自分でも驚くくらいにうろたえていた。 「忘れちゃった。どうしよう」 「そんなことだと思った」クミちゃんが笑いながら、赤いダウンジャケットのポケットからペンライトを取り出した。 果波は、いつものきまり悪さを、はにかむような笑みで隠した。 それから目を上げて、クミちゃんの表情を窺った 。同じ年なのに、どうしてこんなに違うんだろう。 どうしてこんなに頼りになるんだろう。 クミちゃんは、意地悪な男の子たちから果波を守ってくれている守護者だった。 「さ、行こう?」 うながされた果波は、クミちゃんの腰にまとわりつくようにして、雪に埋もれた石段を上り始めた。 一段、そしてまた一段。二人の小さな足が、下界に滑り落ちまいと急な傾斜を上って行く。 雪に当たって淡く反射したペンライトの光が、両側の木々に巻かれた七五三縄を浮かび上がらせた。 あれが神聖な場所の印だよ、と、初詣に来た時、お父さんが教えてくれたのを果波は思い出した。 ここから先は、神様の場所なんだ。 果波は階の上を見た。自分が吐き出す白い息の向こうに、かすかに本殿が見えてきた。 足を滑らせそうになってクミちゃんのコートを掴んだ時、服の下で胸が揺れた。もうすぐ六年生なんだから、と果波は自分に言い聞かせた。 怖がってはいけない。 クミちゃんみたいに、しっかりしなくちゃ。 とうとう階段を上りきると、クミちゃんが訊いてくれた。 「怖かった?」 「ううん、平気」と答えながら、果波はふと気づいた。 自分が怖がっているのは、もっと前からだったということに。 何に怯えているのかは分からなかった。でも、自分でもよく分からない不安を、ずっと感じていたような気がする。 頬に当たる雪が強くなった。 「もう産まれてるかも」クミちゃんは言って、境内の奥へと歩き始めた。 果波は慌てて親友の後を追った。その時、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。果波は驚いて立ち止まり、闇の向こうに目を凝らした。 クミちゃんがこちらを振り返り、喉の奥で笑った。それから自分が真似ていた赤ん坊の泣き声を、もう一度果波に聞かせた。 「こんな声で泣くのかな?」 「そんなわけないでしょ」果波は笑顔を作って、慌てた自分を隠した。「早く行こう?」 「うん」 二人はどちらからともなく駆け足になって、本殿の裏へと回り込んだ。 薄い板を張り合わせて作られた、小さな物置小屋があった。 降り積もった雪が、戸板の前だけ除かれている。 果波は、ミトンをはめた手で扉を開けた。 「いる?」小屋の中に入りながら、クミちゃんが訊いた。 果波は暗闇の中で目を凝らし、六畳間ほどの広さの床を見回した。 スコップなどの雪かき道具の他には、何も見当たらなかった。 扉を閉めると、静寂が一層強まったように感じた。 「奥は?」とクミちゃんが言って、ペンライトの光を向けながら小屋の中を歩き出した。 「いた」 剥がれかけた床板の下、土が見えている小さな窪みに、茶トラの雌猫が横たわっていた。 猫は、少し迷惑そうにこちらを見上げただけで、逃げようとはしなかった。 今までさんざん餌をあげてきたから、二人の少女が敵ではないと分かっているのだろう。猫が寒い思いをしているんじゃないかと、果波は少し心配になった。 クミちゃんが、ペンライトの光を、猫のお尻のあたりに向けた。 「まだかな?」 「クミちゃん!」と果波は、何か小さなものが動いているのを見つけて叫んだ。 「子猫がいる!おっぱいを吸ってるよ!」 「しーっ」と、クミちゃんは果波の大声をたしなめてから、猫の胸に光を向けた。 人間の親指ほどしかない生き物が、そこにある乳首を吸っていた。 「赤ちゃんだ!」クミちゃんが言って、果波と顔を見合わせた。 それから二人は、すぐに視線を戻した。 母猫の呼吸がわずかに速くなった。 と思う間もなく、後ろ肢がぴくっと動いて、赤黒いものを体の外に出した。 果波は声を失って、内臓のようにも見えるそれを凝視していた。 母親の胎内と細い腺でつながれている。 へその緒だ、と果波は気づいた。 母猫が大儀そうに体を起こし、産み落としたばかりの子供をなめ始めた。 子猫を覆っていた膜が取り除かれ、ねばねばした液体にまみれた体毛が見えてきた。 猫の赤ちゃんは、想像していた姿とは違っていた。 毛がふさふさと生えた小さな縫いぐるみではなかった。 しかし、母親に体をなめてもらいながら「みゅう、みゅう」と暗き始めた時、果波はその生き物が可愛く見えた。 母猫がへその緒を噛み切った。 子猫は短い四肢をもぞもぞと動かして、母親の乳首に向かって這い出した。 「がんばれ」と、果波は小さな声を出して応援した。 「すごいね」クミちゃんが、唖然とした口ぶりで言った。 「うん」 「この子たちの名前を考えてあげなきゃ」 果波はうなずいて、おっぱいを吸っている二匹の赤ちゃんを眺めた。 小さすぎて、毛並みがよく分からなかった。 「ねえ」と果波は、横たわったままの母猫に話しかけてみた。 「この子たちは、男の子?それとも女の子?どんな名前がいい?」 その時、親猫の腰のあたりが震え、後ろ肢の間から何かが出て来た。 「なに、これ」クミちゃんが眉をひそめて言った。 |
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