アトム
今回はゲストとして高田先生をお招きしております。
らも
イヤやなあ。いくらがんばっても、俺は勝てんね。あいつ、強いからなあ。
アトム
いきなり「あいつ」呼ばわりですか?
鮫肌
高田先生、めちゃくちゃオシャベリですからね。
らも
高田ってプロレスの人やろ〜
鮫肌
違う違う(笑)。
アトム
えらいボケですね。意味わかりませんでした(笑)。それでは改めてお呼びしましよう。高田文夫先生です。
放送作家歴ある三人集合
高田
最近、ヘコんでる長渕剛です。
らも
俺、中島レモンっていいます。
高田
くだらねえよっ!
らも
すごい久しぶりですね。前に会ったのは慶応元年でしたっけ。
高田
そんなことはないと思いますよ(笑)。
アトム
さっき楽屋でうかがったら、十七、八年ぶりらしいですね。
高田
ムショ入る前ですからね。一緒にウチましたよね。
らも
そうそう。俺なんかクルマから身を乗り出してウったもん。……というのは、『らもはだ』でしょっちゅう話題になる映画『星くず兄弟の伝説』で共演したんだよ。俺と高田さん、亡くなった景山民夫さんがギャングの役で。
高田
背の高いギャング=景山民夫、目のでかいギャング=高田文夫、大阪弁のギャング=中島らもって台本に書いてあった(笑)。で、三人ともセリフないんだよ。トリオでただ走り回ってるだけ。三人のうち、一人は死んじやうし、一人はパクられるし、まともなのは俺だけ。俺の仲間はみんなそうだよ、前科もんばっか。前科ったって「レッツキッス」じゃないよ。……おいおい、ボーッとしてないで「それはジェンカだ!」ってツッコンでくれよお。頼むよ。
アトム
いきなり、これまでの『らもはだ』にはない展開で始まりましたね(笑)。
らも
一応紹介しておくと、鮫肌くんは現役バソバリの放送作家。鮫肌からすると、高田さんは大師匠だよね。
鮫肌
いやあ緊張してますよ。
らも
俺も三十代前半には番組二、三本持って、コントばっかり書いてたことがあるんですよ。だから、今日は放送作家歴ある人間が三人集まったと……。
高田
なに進行しようとしてんの〜
鮫肌
らもさんも一応元放送作家ですからね。
高田
話の流れを作らなきゃいけないもんな(笑)。
らも
……話を元にもどすと、俺もそのころ、コントを二千本くらい書いたわけ。でも、テレビやラジオって見てる人の顔がわからないじゃない。それで、リアクションを見たいと思って劇団をやり始めたんですよ。
高田
それでリリパット・アーミーをこしらえたわけだ。
らも
劇団を始めて客席の反応見てたら、思いどおりのツボで笑ってくれてんのね。「乞食と芝居は3日やったらやめられない」って言うけど、ほんとハマっちゃって。退団するまで十六年間やってたんですよ。
高田
キッチュ(松尾貴史)もいたんでしょ。
アトム
はい。鮫肌さんももともとは劇団員なんですよね。
鮫肌
そうなんですよ。僕が放送作家になったのは、らもさんが司会してた『なげやり倶楽部』ってテレビ番組に「ネタ出しで参加せえへんか」って誘われたのがきっかけなんです。
アトム
『なげやり倶楽部』は確か一クールで打ち切りになったんですよね(一九八五年十〜十二月)。
鮫肌
土曜の夕方五時から、ラジカルガジベリビンバシステム(メンバーは、シティーボーイズ、中村有志、いとうせいこうほか)とかを使って、放送禁止ギリギリのことやってるんですからね。そんなの、誰も観ませんよ(笑)。
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