この人と結婚するかも　中島たい子／著　ＢＯＯＫＳルーエのＮＥＴ通販

　この人と結婚するかも

著者	中島たい子／著
出版社	集英社
定価	税込価格　1,260円
第一刷発行	2007/09
	ISBN　978-4-08-774873-4 　★　会員登録はこちら（1500円以上で宅配送料無料）⇒

この「ドキドキ」って勘ちがい！？　女と男、想いの温度差

小さな財団法人の美術館で働く私。最初は美大の学食でのこと。マフラーを編んでいた私の向かいに座ったデザイン科の彼を見つめ、思った・・・私、この人と結婚するかも、と。スーパーでチーズの棚に同時に手が伸びた男性の時も。そんな私が通う英語教室にケンがいた。偶然セルフサービスのうどん屋で会ったものの会話が続かない。でも、気づいた時にはまた思っていた、私、この人と結婚するかも。美術館でのトラブル、女友達との交流、英語教室での世代の異なる人たちとのやりとり、そしてケンとの微妙な距離。勘違いの「ドキドキ」から醒め、自分自身を見つめる女性を爽やかに描いた表題作ほか、男性の視点からの「ケイタリング・ドライブ」を収録。

中島先生は、吉祥寺をよく利用され、当店の得意様でした。ありがとうございます！（他既刊本　そろそろくる　建てて、いい？漢方小説）

オススメな本　内容抜粋

美大の学食の隅で、私は黙々と紺のマフラーを編んでいた。顔を上げると向かいの
席に彼が座っていた。デザイン科の彼とは一般教養の英語のクラスが一緒で、宿題の
ぺージを聞くぐらいしか言葉を交わしたことはない。トラッド系の細かいチェックの
シャツを着ている彼は、じっと私の手元を見ていた。
「誰かにあげるの？」
聞かれて、手が止まった。マフラーは誰にでもなく自分のために編んでいたからだ。
まだ半分もいってないのに、冬将軍が背後からせまってきて、マシンのように編み針
を走らせているところだった。私は素直に自分のマフラーだと白状して、寂しい女だ
よね、と笑った。
「そう？オレはカッコいいと思うけど。自分で作った物してるの」
両手に編み針を握ったまま、彼を見つめて思った。
私、この人と結婚するかもしれない。
以来、彼と英語のクラス以外でも話すようになった。二人ともキヤノンの一眼レフ
を持っていたのでレンズを交換したり、撮った写真を見せあったりした。そして進級
制作に追われ、春休みになり、新学期が始まった。が、彼の姿は見かけなかった。久
しぶりに大学に現れた彼は、尻のラインを露わにしたピチピチの革のパンツをはいて、
両耳に合計七つのピアスをしていた。彼の腰に手をまわしているナイスバディの女の
子は、着ているチビＴを指して、彼がデザインしたのだと言っていた。卒業後、彼は
シルバー・アクセサリーの店などで働いていたが、最近、カフェを始めたとメールが
来た。元気みたい。
私が働いている美術館は五時半閉館で、掃除や雑務を終えて通用口から退出すると
だいたい六時過ぎになる。あの日も主任と一緒に通用口から出て、ドアをロックしよ
うとした時だった。
「すみません！」
道脇に停めた４ＷＤから、彼が雨の中をこちらに走ってきた。昼に美術館を取材に
来た地元ケーブルＴＶ局の若いディレクターで、視聴者プレゼント用の美術館グッズ
を買うのを忘れてしまったと、彼は申し訳なさそうに私たちに言った。埼玉から通っ
ている主任には先に帰ってもらい、私は恐縮しまくっている彼と館内にもどった。
この小さな財団法人の美術館は、漫画界の大御所、浅井みつるが、ぶっちゃけて言
えば税金対策の為に作ったものだ。原画を始め、歴代の漫画雑誌、年代別のキャラク
ター商品、そして先生が内外で買い集めた美術品などが展示されている。ここの売店
でしか売っていないキャラクター商品もあり、それが目当てで来館する人も多い。デ
ィレクターの彼はマグカップと携帯ストラップを速やかに選んで、私に会計を頼んだ。
駅まで送ります。通用口から出ると彼は言った。
歩いて十分の道のりは、車だとほんの数分だった。放映日のことなどを話している
うちに駅に着き、また何かあったら連絡ください、と彼は名刺をくれて、私も名刺を
渡した。お礼を言って車を降りようとしたが、車高の高い車に乗りなれていないので、
もたついてしまった。

（本文Ｐ. 7～9より引用）

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