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西部劇だ。
望美は思う。両開きのドアを勢いよく押し開け、さっと中に入る。入った後も背後では、
まだ扉がゆらゆらと揺れる気配がしている。
静寂が訪れるだろう。西部劇の酒場で、ドアがこんな風に開け放たれたときには。
男たちの談笑がぴたりと止み、しけたトランプを持った手は静止する。その店にいる全員
の、無言の一瞥を受けながらカウンターまでつかつかと歩く。注文をすると、脇か背後に汚
れた歯の男が近付いてきて、必ず下卑た冗談をいってからみ、店内はそこでどっと沸く。
……だがここは西部ではないし、酒場でもない。両開きの扉は、望美の背後でまだ少し揺
れているが、中では学生服を着た男女が、書架の問を移動したり、テーブルにノートを広げ
たりしている。
左手にカウンターはあるが、バーのものではない。小柄な頼子が座っていて、本の貸し出
しを受け付けている。
西部劇なら─望美は立ち止まったまま思うーマントの下でもう銃が抜かれていてもお
かしくない頃合だ。音よりも先に、体ごとぶっとぶザコ。
一瞬のざわめきの後、にわかに戦櫟する店内。表情を変えず、しかし身構える望美。
「おーす」望美に気付いた頼子が野太い挨拶をする。望美の、首を動かした勢いと速さに、
頼子は意表を突かれたようだ。どうしたの、と今度は野太くはないが低い声で問われる。
「ううん」なんでもない。望美は照れ笑いを浮かべ、カウンターに近づいた。二の矢を待ち
構えていたなんて、いっても伝わらない。
望美は銃ではなく、鞄から本を出してカウンターに置く。
カウンターで一言「ミルク」というのは映画『シェーン』のジャック・バランス。
「返却ね」肘をついて、まだ望美はそれらしいポーズをとる。『シェーン』という映画を、
実際にはみたことがない。年の離れた兄が、ミルクを飲む名悪役について熱く語ってくれた。
「シェーンといえぽラストシーンぽかりが云々されるけど、ジャック・バランスを忘れちゃ
いけない」通ぶっていう兄も、リアルタイムでみていたわけではない。その俳優がいいとい
うのも、手塚治虫の受け売りだということを望美は知っている。
貸し出しカードの束から望美の本に該当するものを探しだし、巻末のポケットに挟む頼子
の手つきは素早く慣れたものだった。
だが「お腹減った」と眩く口調には沈痛な響きがこもっている。そう、それぞれ。望美は
思う。皆お腹が減るし、それを訴えるけど、お腹減ったー、と語尾を伸ばす。頼子は伸ばさ
ない。
それでこそ頼子だ。今の彼女の様子を、望美は離れたところからみたいと思った。
「ナミエさん、またきてないの」カウンターには椅子が二つあって、頼子の隣が空いている。
「生理痛だって」疑っている口調で頼子はいう。ナミエと望美は同じクラスだ。昼休みの前
の休憩の様子では、具合が悪そうにはみえなかった。
「これ戻してきてくれる」あ、はい。頼子はカードにスタンプを捺すのもとても早い(早撃
ちだ)。望美の借りていた本以外にも数冊、手渡される。
お腹すいたな。頼子と同じことを思いながら望美は図書室の奥に向かう。
斜めに固定された新聞台の前で男子生徒がスポーツ欄を熱心にみている。隣には円形のデ
ィスプレイ台。テーマ別に飾っていて、今月は綾の発案による「オカルト特集」だった。さ
らに右手には大きな柱を巻くように漫画の棚が四面。奥は書棚が五列と、閲覧の机。
書棚に立ち入る前に、数字を確認する。手に持った本の背表紙のシールを確認して、書棚
を通る順番に並べ替える。
(あ、筒井康隆)これを読んだら、次は当然『七瀬ふたたび』だな。小説の「つ」の棚まで
いくと、やはり返却された『家族八景』の隣の一冊が抜けている。三部作で、まだ七瀬の活
躍を読むことができると知るときの、誰かの高揚を想像する。
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