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 ノーサイドじゃ終わらない
 
山下卓/著 出版社:エンターブレイン 定価(税込):1,890円  
第一刷発行:2009年4月 ISBN:978-4-7577-4739-5  
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はじまりはコンビニの店長だった先輩の暴力団事務所襲撃事件。チームメイトとの同窓会のような葬儀はつかの間、親友が謎の失踪を遂げる。五十六歳でシングルマザーとなった母親と伝説の女子高生吉原嬢。深夜の公園を徘徊する謎の美少女と関東最大の大物ヤクザの登場―。変わらない想いと変わってしまった現実。金かオンナか友情か。沢木有介、三十三歳人生迷走。
 

本の要約

忘れていた夏が炎上する。止まっていた時間を動かしたのは、ド派手な先輩の死だった−−。鬱な気分を吹っ飛ばす、青春群像ミステリー!!青春は終わり、俺たちの青い夏が来る−−。はじまりはコンビニの店長だった先輩の暴力団事務所襲撃事件。チームメイトとの同窓会のような葬儀はつかの間、親友が謎の失踪を遂げる。五十六歳でシングルマザーとなった母親と伝説の女子高生吉原譲。深夜の公園を徘徊する謎の美少女と関東最大の大物ヤクザの登場−−。変わらない想いと変わってしまった現実。金かオンナか友情か。沢木有介、三十三歳人生迷走。


2009年3月23日 山下先生にご来店いただきました。お忙しいとこありがとうございます。

「ノーサイドじゃ終わらない」 数冊にサインしていただきました。サイン本は、3Fライトノベル売り場で販売しております。(ご来店のみ販売となります。通販ではご利用いただけません)
 サインは売り切れ次第、販売終了となります。


オススメな本 内容抜粋

歩道にあふれた放置自転車のハンドルが夏の光を冷たく反射し、埃っぽい熱気の中をリュックを
背負った子供たちが駅のほうへ走っていく。個性のないバスロータリーは陽射しの熱をたっぷり溜
めこみ、蝉の鳴き声が灼けたアスファルトに白くこだまする。
バス停の列の前方は高校野球の応援に向かう女子高生の集団に占拠され、右手のパチンコ屋の入
口にはこんな朝っぱらから新装開店を待ちわびる客がわずかな影を求めてしゃがみこんでいる。空
には世界の終わりを告げる最終戦争が勃発したような高さで入道雲がふきあがり、黒いアゲハ蝶が
不思議なほどの高さを悠然と飛んでいく。
俺は汗に歪んだ視界にため息をひとつ吐き捨て、右手に巻きつけるように持っていた上着を肩に
担ぐ。スーツなんてこの十年まともに着た記憶はないが、夏の炎天下にそんなものをわざわざ着な
ければならない理由なんて、この世に二つしかない。
考えてみると、親父が五年前に死んだのも夏で、小学生のときに初めて友達が死ぬというのを経
験したのも夏だった。
親父は心筋梗塞による急性心不全で、病院に駆けつけたときにはとっくに死んでいた。病室の窓
にかかった白いカーテンは明るく輝き、室内は奇妙に暗く、蝉の声がへんに薄っぺらに聞こえた。
小学生のころに初めて体験した友達の死は、確か四年生になった夏休みだった。登校日に集まっ
た教室で、担任の女の先生から唐突にその死を知らされた。たいして仲がよかったヤツではなかっ
たけれど、テストの点数を勝手に俺と張り合っていた。車が大好きで、幕張だか晴海だかで開催さ
れたイベントに一人で出かけた帰り道にトラックの内輪差に巻きこまれて死んだのだ。大きな車が
曲がるとき、前輪を避けても後輪はもっと内側を回る。だから曲がり角の内側に避けてはいけない
のだ、と女の先生が説明していた。俺が内輪差という言葉を知ったのはそれが最初で、それ以後の
人生で曲がり角でトラックやバスに出くわすたび、俺はそいつのことを思いだして恐怖した。その
ときの教室も窓の外は怖いくらいに明るく、でも、教室の中はへんに暗く、校庭から聞こえる蝉の
鳴き声は奇妙に薄っぺらく冷たかった。
その二つが三十三年間の俺の人生の中で、身近な人間の死の実感としてある。
死は冷たく厳粛で哀しみに満ちたもの─だが、それは今回の死には当てはまらない。この三日
間、何度その死を思いかえしても、そこには哀しみも深刻さもなく、生々しい死の実感というもの
がどうにもうまくこみあげてこないのだ。
ひとことで言えば、それは「笑える」としか形容しようがないもので、その死は本人が望んでい
たとしか思えず、そんなはた迷惑な先輩の人生最後のイベントに奥多摩の山奥から四時間もかけて
やってきて付き合わされることに、どうにも腹立たしい気分がこみあげてくるのは、俺が薄情なせ
いではないだろう。
顎の下あたりを左手の甲で触れると、びっしょり汗が溜まっていた。腹立ちまぎれに足下に大き
く息を吐いたとき、にゅっと背後から顔の脇に白いものが突きだされてきた。
香典袋ー咄磋に肩に担いでいた上着を手にとり、胸のあたりを確認すると、やはり内ポケット
に突っこんでいたものがなくなっていた。振りかえりざま香典袋を奪い取り、「すみません!」」と
頭を下げると、クスクスとおかしそうな笑い声がした。
「やっぱりね」
半袖の喪服姿の小柄な女性だった。身体の前で両手を重ねるように黒いハンドバッグを持ち直し、
きゆっと肩脚骨を内側に絞るように背筋を伸ばした。わずかに持ちあげた顎の先に得意げな感じが
ある。その毅然とした眼差しと柔和な微笑みに、切なさにも似た懐かしさが胸にこみあげてきた。
「翔子、か?」
動揺を問いかけでごまかすと、彼女は嬉しそうな笑みを唇に広げて、こくんと頷いた。
その姿に、グラウンドでタオルや薬缶を運んでいた体操着姿の少女が鮮やかに重なった。
俺たちの高校の体操着は雨蛙みたいな緑色のジャージの上下で、身体の脇にオレンジ色のライン
が二本入っているという全国でもそうそうお目にかかれないシロモノだった。哀しいくらいダサい
体操着だったけれど、そんな姿が眩しく見えたものだ。
「久しぶり、だな」
必要以上に長く香典袋についた汚れを払い落とし、手に持っていた上着の内ポケットに突っこみ
直しながら、照れくさくなって笑いかけると、翔子も照れくさそうに笑って、うん、と頷いた。そ
れから、興味深そうに俺の顔から足の先までをゆっくりと眺め回し、その眼を顔に戻した。
「髪、伸ばしているんだ。少し痩せた?」
「十五年前、よりはな」

(本文P. 3〜5より引用)


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