刑事の日記(紙片)
あの大きな事件が思わぬ形で解決に向かった時、その周囲でいくつかの不自然な死体が
あったことは、それほど語られていない。
事件との本当の関連もまだ明確ではなく、何より重大な証拠が消えた今、真実を確かめ
るのは不可能となってしまった。わたしが調べたのは一人の男だったが、後になって考え
てみれば、それは一組の男女だった。わたしは捜査員の一人として事件を追ったが、あの
ような解決でよかったのかと自問する。わたしは、ずっと大きな勘違いをしていたのかも
しれない。今になって思えばわたしだけが、ある偶然から、繋がりそうで繋がることのな
かったあの一連の事件の全ての真相に、最も近い場所にいたのではないかと思えてならな
い。
あの男女がどういう関係にあったのか、はっきりとはわからない。だが、わたしはずっ
と、一つの仮説に囚われている。あの男がもし、あのいくつかの不可解な事件について、
そして自分の人生について全てを語るのなら、わたしは聞いてみたい。事件の解決という
よりは、一人の人間として、聞いてみたいと思うのだ。
振り返れば、わたしは自分の人生をほとんど生きていない。刑事として、常に誰かの人
生に関わりながら生きた。誰かの人生に入り込み、顔を出し、それをしかるべき(逮捕
し、罪を償わせる)方向に向けさせるのがわたしの人生だった。妙な言い方になるが、主
役は常に犯人だった。自分の人生というよりは、犯人についてばかり、わたしは考えて生
きた。そういう意味では、他人を主体とした、様々な人生に対する観察者のような存在だ
った。
この事件が物語であるのなら、わたしは当然のことながら、脇役となる。登場すること
の少ない、完全な脇役である。だがわたしは、特異な家系に生まれ育ったあの男と、わた
しの推測が正しいのなら、人生を間違えてしまったあの男と、もう一度話をしてみたい。
わたしは今になって、彼の全てを知りたいと願う。
刑事というよりは、一人の人間として。刑事であるのに社会を恨み続けてきた、一人の
人間として。 |