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 ぼくの手はきみのために
著者
市川拓司/著
出版社
角川書店
定価
税込価格 1,470円
第一刷発行
2007/02
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ISBN 978-4-04-873751-7

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いたわりあい、喜びも苦しみも分かち合って生きている無器用な二つの心――。表題作ほか全3篇を通して、切なく、温かい魂の結び付きが描かれる。優しさと強さに心が満たされていく、“深愛”の物語。
 

本の要約

「ぼくの手はきみのために」―幼馴染のひろと聡美。小さい頃は聡美が弱虫のひろを守ってくれた。が、11歳の夏、聡美は突如、倒れてしまう。さまざまな治療を試みるが、結局発作を止められたのは、背中をさすってくれるひろの手だけだった…。「透明な軌道」―集団の中で暮らすことが難しい心の不自由さを持つ康生と運命的な恋に落ちた真帆。年齢差や、康生に息子がいることなどは障害にならず、2人はおだやかなペースで絆を深めていく。が、初めて結ばれた翌日、2人に思いがけない出来事が…。「黄昏の谷」―妹の子供である貴幸を育ててきた寛一は、ある日、「あなたの子供だ」と連れて来られた初恵をも引き取って育てはじめた。血の繋がらない3人は、貧乏ながらも、太い揺るぎない絆で結ばれていく。彼らが最後に行きつく、幸せの場所は…。

市川拓司(いちかわたくじ)。小説家。
1962年東京都生まれ。出版社勤務の後、バイクで日本一周の旅に出る。その頃から小説を書き始める。1997年から自身のホームページ「door into」で小説を発表。2002年「Separation」でデビュー。2作目の「いま、会いにゆきます」(2003)は映画化され、100万部を突破中。
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先月、「ぼくの手はきみのために」の発売に合わせてご来店いただきました!実は、先生はお近くに住まわれていて、弊社もよくご利用していただいているとのことでした。弊社事務所に、ブラックアロワナとアクアリウムの水槽があるのですが、説明するまでもなく、市川先生は、この道のスペシャリストだったんですね(先生のHP)。失礼いたしました。
「ぼくの手はきみのために」にたくさんサインをしていただきました。現在(2007/04/27)でもサイン本ございます。1Fの文芸書コーナーで、販売しております。(売切れ次第、サイン本販売終了)

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オススメな本 内容抜粋

ぼくの最初の記憶の中に、すでに彼女の姿はあった。聡美のほうが三ヶ月ほど先に生ま
れていたから、ぼくがこの世に生を享けたその瞬間から、彼女はぼくのすぐ近くにいたこ
とになる。
ぼくの母さんと聡美の母親は親友同士だった。それぞれの出身地は違ったが、二人はこ

の町で出会い、姉妹同然の絆を結び、一方がこの世を去るまでその深交を絶やすことはな
かった。
彼女たちは地方の農家の娘で、漠然とした夢と明確な目的(すなわち、勤め口)を求め
てこの町にやって来たという同じ背景を背負っていた。この町の中心というか、この町そ
のものである大きな繊維メーカーに就職し、そこの独身女性寮で二人は出会った。
さらに、そこまで同じにしなくても、とぼくは思うのだけど、二人はほぼ同じ時期に父
親のいない赤ん坊をもうけることになる。いや、これは正確な記述ではない。なにも彼女
たちが処女受胎したと言っているわけではない。ただ、法律上の父親がいないというだけ
だ。もちろん、そのとき生まれたのが聡美とこのぼくだ。
やがて、物心が付く頃になると、ぼくらはこう考えた。
「ぼくらの父親は同じ人なんじゃないの?二人は半分だけ兄弟なんじゃないの?」
その問いかけに、二人の母親はきっぱりと否定の言葉を返した。
「違うわ」と母さんは言った。
「二人の男の好みってまったくかけ離れているから」
「ただね、男を見る目がないってことだけは、二人とも良く似ているのよ」と聡美の母親
が言った。
「おそらく、この国にはあなたたちの半分だけの兄弟がたくさんいるだろうけど、でもあ
なたたち二人は絶対に違うから」
ぼくと聡美はただ顔を見合わせ、激しく目を瞬かせるしかなかった。それから教育上よ
ろしくないと思ったのか、母さんはこう付け足すことを忘れなかった。
「でも、もちろん、いいところもあったわよ。優しくて、二枚目で、それでなくちゃ、好
きになるわけないでしょ?」
規則で寮を出された二人の若い娘は、格安で借りられるアパートで一緒に暮らすことに
した。2Kの小さな部屋だった。赤ん坊は0歳児から預かってくれる私設の保育所に預
け、いままでと変わらぬ工場勤めを続けた。若い独身の娘が次々と地方から送り込まれて
くるこの町では、二人のような境遇の女性たちも珍しい存在ではなかった。
そして話はまたぼくの最初の記憶に戻る。
厚手のカーテンを引いた暗い部屋でぼくはTVを見ている。これが昼間の出来事だとい
うことをぼくは知っている。でも光は弱く、心は夜の森にいるように不安に包まれてい
る。ふと指先の柔らかな感触に気付き、自分の腕を辿り、その先に視線を向ける。騰かな
光の中に浮かび上がる白い顔。彼女は微笑んでいる。その柔らかな眼差しを受けて、ぼく
は幸せな気分になる。不安は去り、安らぎが訪れる。「ひろ」と彼女がぼくの名を呼ぶ。
彼女にそう呼ばれるだけで、ぼくは嬉しさに身を震わせる。彼女が「大丈夫よ」というふ
うに繋いだ手に力を込める。ぼくは彼女を信じ、小さく頷くと、またTVの画面に視線を
戻す。
四歳か五歳ぐらいの記憶なのだろう。さらに古い記憶もあるけれど、それはどれも水底
のコインのようにゆらゆらと揺らめいていて、うまく言葉で表すことができない。だか
ら、鮮明な記憶ということであれば、これが最初になる。母親たちが仕事に出掛けている
あいだ、聡美と二人でTVを見ながら留守番していたときの記憶だ。


(本文P. 7〜8より引用)


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