慣れない…あとがき
わかってはいるけれど、決して慣れることはないこと、それが死です。永遠の別れです。生きているその人にもう会えないということ、そんなことに耐えることができるように、人間は創られているのだろうか?いや、いない、そう思います。みんなむりやり、ごり押しで、時間の力をたくさん借りて、なんとかかんとか耐えているのだと思います。私は人が死ぬのが寂しくておそろしくて、もう人と友達になるのもいやなほどです。大人なので見た目はしっかりとふるまっていますが、ショックを受けすぎるのがこわくて、お葬式などあまり行きません。
なので、私がお葬式に行かなくても「あの人はそういう人だ」とどうか、許してください。犬でも猫でもかわいくのびをしてふとんに入ってこられたりすると、「ああ、この子が死んでから今のこと思い出してしまいそう、やめて!なるべくかわいくなくしていて!」と反射的に思ってしまうほどです。人間にはもっと複雑な感情を持ちますが、それでも、大筋は変わらないです。
極端ですが、そのくらい、こわいことです。みんな私のような職業ではないので、自分の内面を深く見ないようにしているだけで、多かれ少なかれ、そういうものなのではないだろうか。大切な命を失うこと、その大きな波のようでいてかつ微妙な恐怖は、死というものがわからなくて、人が何かを大切にするということの重みがわからないで、がんがん人を殺してしまうような人には決して味わうことのできない、巨大な感情でしょう。それがこの世にあることを肯定できるほど強くないですが、意味のあることだとは、思います。
人間の最大の弱み、最大の神秘、最大の悲しみ……それが死です。私はそれと向き合うことも、探求もしていません。ただそのはじつこをちらっとのぞいて書いているだけです。それでも何かができたら、せめて時間つぶしでもいいから、私の小説で誰かと死別した人の気持ちをまぎらわせたい……、そういう気持ちは常にあります。もしも乾ききった心に水分を与えることができたら、そう思います。その水分というのは、ゆとりのようなものでもあり、パワーでもあり……。そこまで到達できるかどうかわかりませんが、まだまだ書いていきます。
書き下ろしの「野菜スープ」という短編はほぼノンフィクションですが、実話というほど全部が実話ではなく、我ながら、うまく書けたと思います。長年、死について書き続けてきて、ちっぽけだけど、ある到達点を見ることができたような気がしました。モデルになってくれた友達に感謝の意を捧げます。私には「誰かを亡くすとつらいけど、それでも生きていこうよ!」なんていうことを言う気持ちは全然ありません。そんなこと言えるわけがないのです。自分でさえ毎回瀕死でのりきるのですから。でも、生きていると、ちょっとくらい、生きていてよかった………かも……。という程度の瞬間は、必ずあります。必ずある、そうとしか言えません。そうとしか言えない、という程度の小説を、やはり書いていきます。
二〇〇〇年:月末オムライスを食べるのを中断しながら
吉本ばなな
吉本ばなな自選選集全4巻
1
0ccult
オカルト
アムリタ
ある体験
血と水
ハードボイルド
血の色(書下ろし)
2
Loveラブ
白河夜船
パチ公の最後の恋人
ハネムーン
大川端奇譚
ミイラ
バブーシュカ(書下ろし)
3
Deathデス
キッチン 満月・・・キッチン2
ムーライト・シャドウ
N・P
ハードラック
野菜スープ(書き下ろし)
4
Lifeライフ
TUGUMIつぐみ
とかげ
おやじの味
新婚さん
ひな菊の人生
哀しい予感
ある光(書下ろし〕
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